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McCANN MILLENNIALSの「世代で区切るのはもう古い」

#1 「世代論」から「価値観」に、メディアが振り切れる時。

どうも、はじめまして。広告会社の一社員として働いている、阪口創(さかぐちはじめ)と申します。本業のメディアプランナーとは別に、社内のミレニアル世代で集まった「McCANN MILLENNIALS」というチームでも活動しています。

“メディアプランナー”って、たぶん広告業界でしか通じない用語だと思うのですが、クライアントの課題を解決するために、どんなメディアを活用するのがベストなのかを考える仕事です。めちゃくちゃ大ざっぱに言うなら、「広くリーチするためにはテレビ広告だよね」「ターゲットを絞りたいならユーザーデータの取れるインターネット広告を使った方がいいよね」といったことを考えています。

BAUSとMcCANN MILLENNIALSが立ち上げた「世代論はもう古い」というテーマのコラボレーションコラム企画。軽い気持ちで乗っかってみたものの、なかなか答えを見出すことができず、書き上げるまでに多くの時間を費やしてしまいました。その理由は、「世代論はもう古い」と定義づけたい一方で、世代論がメディアの世界とは切っても切れない存在であるためでした。

 

メディアの根底に横たわる「世代論」

みなさんは、「M1」とか「F1」とかいったマーケティング用語を聞いたことがありますか? 性別をM(男性)とF(女性)の2つに、年齢層を1(20~34歳)、2(35~49歳)、3(50歳以上)の3つに分けて、6通りの組み合わせでターゲットを大まかに捉える方法論です(ほかにも「Kids」「Teen」などでカテゴライズする方法もあります)。「~歳くらいの男・女ってこうだよね」という発想でターゲットをカテゴライズする、まさにこれは「世代論」に他ならないのです。
メディアの広告取引では、このカテゴライズ方法が頻繁に使われています。テレビであれば「M1層の視聴率を合計で~%取るように広告枠を買い付ける」など。メディアの広告ビジネスの根本には「世代論」が横たわっている、と言っても過言ではないのです。

テレビや新聞などのトラディショナルメディア全盛期には、こうした「世代論」が強力に機能していました。なぜなら、人々がみな、同じタイミングで同じライフステージに所属していたから。そうすると、性別と年齢という指標さえ合わせれば、ある程度は同じ価値観の人たちを狙い撃つことができる。「M1」と言えば「独身で、ある程度自分のためにお金を使うことのできるサラリーマン男性」でしたし、「F2」と言えば「結婚して、家庭で主婦の役割を果たしている女性」のイメージでした。2004年に発行されたリクルートのフリーペーパー『R25』も、その名の通り「25歳前後のビジネスマン」をターゲットにしたメディアです。「世代論」とは、すなわち「その世代の最大公約数となる考え方」だったわけですね。 

 

TVコンテンツにみる「価値観」の多様化

しかし、ご存じのように、個々人の嗜好は多様化・細分化しています。僕がそれを痛感したのは、テレビ朝日系列で放送されている音楽番組『関ジャム 完全燃SHOW』でした。音楽番組と言えば『ミュージックステーション』のように、オリコンチャートをベースにした人気の楽曲を取り上げるのがベーシックなスタイル。ところが、『関ジャム 完全燃SHOW』の内容は非常にマニアック。例えば、ある放送回では、2016年にブームとなったピコ太郎の『PPAP』のリズムを分析し、さらには使用されている電子楽器がいつの時代のものかにまで言及するマニアックぶり。テレビというブロードなメディアの、しかも23時台に、このようなニッチなコンテンツが放送されている点に、僕は非常に驚きました。

最近のテレビドラマにおいても、ライフスタイルや価値観の多様化をテーマにしたものが目立ちます。ラブストーリーに限ってみても、視聴者の結婚観を問いかけた『突然ですが、明日結婚します』、ご存じ“契約結婚”をテーマにした『逃げるは恥だが役に立つ』、“アラサーなのに独り身でいること”の悲哀を描いた『東京タラレバ娘』などなど。

これまでであれば「F1層向け」とひと括りにされていた恋愛ドラマが、ライフスタイルの多様化に伴って、さまざまな価値観の一つひとつに寄り添って作られるようになってきたのだと思います。言い換えれば、ある世代の最大公約数、マジョリティな意見というものは、もはやメディアでは掬い取れなくなってしまったということかもしれません。

 

インターネットは「個人の価値観」に共振するメディアである

そんななかインターネットの世界では、「世代論よりも価値観」という傾向がより顕著に見受けられるようになりました。2000年前後のテキストサイト乱立時代から、個人ブログとアフィリエイトの全盛時代、メルマガによるマネタイズの時代を経て、今ではインターネットの著名人が束ねる“サロン”や“コミュニティ”で、同じ価値観を持つ人たちが交流し合う時代になっています。代表的なところでは、作家のはあちゅうさんの『はあちゅうサロン』や、『東京カレンダー』ウェブ版の編集長をされていた梅木雄平さんが展開する各種のサロンが挙げられるでしょうか。

同様に、メディア自体が“コミュニティ化”しているとも言えます。先日参加したイベント「いま私たちが世代に問うべきことは何か?ミレニアルズ編集者の挑戦」では、ミレニアル世代の編集者の方々が「メディアとは価値観の似た人が集まってくるコミュニティである」と語っていました(参照:http://unleash.tokyo/2018/03/30/millennials-editor-report/)。 

昔はオフラインの世界にしか存在しなかったコミュニティですが、現代ではインターネットの力を借りることで、マイノリティな価値観に共感してくれる人を探しやすくなったと言えます。

 

マイノリティな価値観は、同調圧力の無い場所で強い共感を呼ぶ

では、どうして、インターネットでは「価値観の共振」が起こりやすいのでしょうか。その理由を解くカギは、インターネットというメディアを楽しむ環境にあります。デジタルデバイスという特性上、インターネットという「一人で楽しむ」環境では、人はマイノリティな意見に影響を受けやすい、と考えることができるようなのです。

社会心理学者の小坂井敏晶さんによると、「マイノリティな価値観は、他者のまなざしを気にすることのない環境において、マジョリティな価値観よりも強く、人々に働きかける」とのこと。

例えば、アメリカで行われた実験を紹介しましょう。とあるテーマについての討論を見せられた大学生が、討論内で多数派だった意見と少数派だった意見のどちらに賛同するかを問われた時、自分の意見が世の中に公表されると告げられている場合には多数派の意見に同調し、誰にも知らされないと告げられている場合には少数派の意見に同調することがわかっています。(参照:『社会心理学講義』小坂井敏晶著、筑摩選書)

もちろん、「同調圧力を気にする必要のない一人で楽しむコンテンツにおいてこそ、マイノリティな価値観が強化されていく」というこの考え方は、何もインターネットに限った話ではありません。小説であれ、雑誌であれ、価値観に強く作用するコンテンツというのが「他者の入り込む余地のない、一人で楽しむコンテンツ」であることは明白です。

これに加えてもうひとつ、インターネットで「価値観の共振」が起こりやすくなっている理由があります。「シェア」が可能だということです。
インターネット上のどこかで発信された強い価値観が、連鎖反応のように広がっていくのは、一日に何十回とTwitterの画面を開く僕にとって、見慣れた光景となりつつあります。

デジタルという一人で楽しむ世界のなかでは、人はそもそもマイノリティな価値観に影響されやすい状態にありということ。さらに、その影響を増幅させる「シェア」の装置も、インターネットには備わっていること。インターネットには、マイノリティな価値観が広がりやすい条件が整っているのです。

 

たくさんの人が、それぞれの共感する多様な価値観に、救われる時代になる

一方で、いちユーザーとしては、インターネット上で何かを発信し、その価値観が広がっていくことは、未だとても恐ろしいことのように感じます。友達がこの文章を読んだらどう思うだろう。会社の人はこのコンテンツを見て何を思うだろう。笑うかもしれない。ダサいと思われるかもしれない。それでも、自分が発信することで、救われる人がいるかもしれない。マイノリティな意見を発信する価値って、そこにあるんじゃないかと僕は思います。

というのも、僕自身、10年以上にわたってインターネット上でコンテンツを発信し続けてきた中で、自身のマイノリティな価値観が共感されたこともたくさんありました。特に、僕が高校時代に強い閉塞感を覚えていた「スクールカースト」について書いた記事は、田端信太郎さんやマドカ・ジャスミンさんにシェアしてもらって、とても救われた思いがしたことを覚えています(参照:僕が「スクールカースト」から解放された日)。

“LGBT” や “#Me Too” の例を待つまでもなく、現代というのはこれまで上がってこなかった少数派の声が上がりつつある時代です。インターネットで増幅されたメッセージが、TVなどのマスメディアに取り上げられることも増えています。

デジタルワールドが影のように世界を覆った暁には、メディアから発信された多種多様な価値観によって、たくさんの人が「自分は一人じゃなかった」と救われる時代になるのではないだろうか。僕はそんな風に思っています。

PROFILE

McCANN MILLENNIALS

日本におけるマッキャン・ワールドグループ傘下の各社のミレニアル世代(1980-2000年前半生まれ)のメンバーで構成され発足した、オープンイノベーションプロジェクト。グローバルネットワークの活用や、大学・他企業等との連携を通して会社や国境の超えて柔軟に繋がり、アジア最大級のミレニアルズコミュニティを目指している。

PROFILE

阪口 創(Hajime Sakaguchi)

McCANN MILLENNIALS / McCANN TOKYO / IPG Mediabrands
1989年生まれ。生物学者を志し、理学部の門を叩くも、自分のやりたいことが何なのかわからなくなり、大学時代は自分探しに明け暮れる。インドのムンバイで、インド人8人と暮らしながらアパート賃貸業に従事して生計を立てるなかで、「やりたいことなど無くてもいいんだ」と悟り、帰国。自分のメッセージを、届けたいすべての人に届けるにはどうしたらよいかを学ぶために、広告会社に入る。TVバイヤー、業推を経て、現在はメディアプランナー。

トップ画像・岩崎菜都美 文・阪口創 編集・上野なつみ

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