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異色の当事者二人が語る。「未来の教育における、テクノロジーと表現の活かし方」【中編】

教育測定研究所 × 武蔵野美術⼤学

いま、教育の世界に求められる変化とは何なのか? 今回は、テクノロジーの進化や従来の専門分野の解体のなかで、「学び」のあり方に新たな一手を打とうとする当事者二人の、異色の対談をお届けする。北條大介(写真・右)さんが代表を務める「教育測定研究所(JIEM)」は、人間の能力をより客観的に測定するテストのかたちを模索しながら、その方法論をさまざまな学びの現場にも活かしてきた。JIEMは現在、表現の力を活用した斬新な動画学習サービスを開発中だ。一方で、「図りごと」という独自の視点から、美術大学のこれまでのジャンル意識を相対化してきたのが、武蔵野美術大学(ムサビ)の学長で、デザイン教育を刷新してきた長澤忠徳さん(同・左)。ムサビは最近、企業や社会との協働を促進させる新学部と新キャンパスの設立を発表したばかり。立場の異なる二人は、現在の教育にどんな課題を感じているのか。全3回の対談記事。第2回となる本記事では、両者が現在取り組んでいる教育改革の具体的な内容について、裏側にある考え方とともに話してもらった。

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「ノンコグニティブな能力」と「造形言語リテラシー」

——前回の記事の最後では、今後、テクノロジーが活かされることで、筆記試験に代わる新しい能力測定が可能になるかもしれないというお話を聞きました。こうした技術の開発や研究は実際に進められているのでしょうか?

北條さん:ええ。ひとつのアプローチとしてあるのは、「コグニティブ(認知)」と「ノンコグニティブ(非認知)」という視点です。従来の学習やテストは、認知能力というものに焦点を当ててきたんです。つまり、知識や知覚したものを問題にしてきた。でも、それだけだと、小さいころからリーダーシップがあるとか、何でも前向きに捉えられるとか、みんなと協力できるとか、そうした能力を測ることができません。近年、グローバルな教育の世界では、そういった非認知能力をどのように測定し、どうやって伸ばしていくのか、ということが課題になっていて、日本においてもノンコグニティブな能力の重要性が徐々に認識されるようになってきたんです。

 

——その変化には、どのような背景があるのですか?

北條さん:現代が、インターネットで調べればある程度のことはわかる時代である、ということは大きいと思います。その時代に問われるのは、知識の量ではなく、情報をいかに活用するのかという能力。日本での実施を我々が行なっている「OECD生徒の学習到達度調査(PISA)」という国際的な調査があるのですが、そこでもノンコグニティブな能力の評価が課題になっています。アメリカではACTやETSなどのテスト団体が主体となって取り組みが始まっていますが、日本の状況はまだまだです。我々としては、そうした海外の事例のリサーチや人材交流もしているので、日本における非認知のテストの先鞭をつけたいなと思っていますね。

 

——ノンコグニティブな能力は、ムサビが新設するクリエイティブイノベーション学科や大学院のクリエイティブリーダーシップコースでも重要な鍵になりそうですね。

長澤さん:そうですね。そもそも、美大と一般大の何が違うかと考えると——僕らは美大以外の大学を「一般大」と言うんだけど(笑)——、美大では「造形言語リテラシー」を教えていることだと思う。一般大では、「読み書き能力」という普通の意味でのリテラシーを教えますが、僕らは「感じて、描く」リテラシーを育てている。美大生は4年間のうちに環境からその能力を自然と学ぶので、卒業するころには、「これ、かたちとれていないよね」といったことが、感覚で共有できるようになるんです。

 

——逆に言えば、言葉にしなくても美大のなかでは分かり合えてしまうと。

長澤さん:うん。「言葉にならないけどわかる」というのを、鍛えられてしまうんです。これ、卒業して社会に出たら「変なやつ」になってしまいますよ。

北條さん:たしかにそうですね(笑)。

長澤さん: 実際、造形言語リテラシーを持っている人というのは、企業のなかで異端児として活躍するけれど、社長にはならないことが多いんです。たとえば、シャープの坂下清さんやソニーの黒木靖夫さんのような有名デザイナーも、そうでした。上の人たちからすると、彼らは自分にはない能力を持っているわけで「異星人」なんだよね。稀有な存在だからこそ価値があると言い張ってきた僕らでもあるけど、やっぱりその溝は埋めていくべきなんだ。新設学部やコースでは、そこに突っ込んでいきたいんです。

言語の異なる人をつなぐ、中間項の必要性

——ムサビは今回、市ヶ谷の都心キャンパスの設置も発表しています。新設学部ではここを拠点に、在学中から企業などと学生との接点を作っていくということですか?

長澤さん:やっていきたいですね。ムサビには、表現や造形を担うテクニシャンやエンジニアはたくさんいます。でも、彼らと造形言語リテラシーを持たない人の間をブリッジする人は多くなかった。在学中から両者の狭間で活動することで、橋渡しができる人をより社会に放出しなければいけない。そのために大学側は、誰かが学生や卒業生を見つけて使ってくれるのを待つのではなくて、「こういう風に使ってください」と積極的に押し出していくべき。人材的にも拠点的にも、中間項が必要ということなんです。

北條さん:どんな人が橋渡し役に向いているのか。それは、数を打ってみないとわからない部分もある。まず、現場をいっぱい作っていくことが大事ということですよね。

 

——新学部では、二年次までは従来どおり郊外の小平キャンパスで過ごし、三年次から都心キャンパスに移るそうですね。

長澤さん:そこはポイントで。造形言語リテラシーは、小平キャンパスの「造形言語ウィールスでいっぱいの空気」を吸わないと育ちません。以前、ある人から「デザイナーはマーケッターになれるけど、マーケッターはデザイナーになれない」と言われたことがあります。一般教養は社会に出てからも学べるけれど、造形言語リテラシーの獲得は難しいからです。新設学部の学生には、環境を通してまずそれを身につけてほしいんです。

 

——一方でビジネスサイドの北條さんも、ビジネスにデザインやアートを積極的に活かしていくべきという考えをお持ちです。なぜ、そのように思われるのですか?

北條さん:日本の教育サービスにおいては、UX(ユーザーエクスペリエンス)と呼ばれる領域も含めて、デザインが非常に秀逸で、学びにプラスな作用を施しているプロダクトがほとんどないと思うんです。それは、べつに「見栄えがかっこいい」という話だけではありません。そもそも教育は、能力値や発達度に合わせて、それぞれの人に対してアダプティブに学びを提供しないといけない。そうでないと、学習でとても大事なモチベーションの維持も難しくなる。この「アダプティブ」を進めるのがテクノロジーであり、きちんと学習者のモチベーションに作用するために必要なのが、デザインの力だと思うんです。

 

——各人に合った学びのインターフェイスを作るうえでデザインが必要になる。

北條さん:そのインターフェイスをどう作るか、というのは理屈だけで成立する話ではないんですよね。僕は現在42歳ですが、いまの子どもや若い人がどんな感性や環境のなかを生きているか、実感することは難しい。にもかかわらず、日本ではまだ過去の常識や大人の理屈で作られた教育プロダクトが多いと感じます。それを変えるのが、人にどのように物事を感じさせるかを考えるデザインやアートの思考ではないか。そうした思考をどんどん持ち込み、プロダクトをリファインしていくことが僕らの課題だと思います。

勉強嫌いのポテンシャルを拾う、新しい動画学習サービス

——JIEMでは現在、新しい動画学習サービスの開発が進んでいるとも聞きました。

北條さん:近年、さまざまな企業が動画学習サービスを立ち上げています。成果を上げている良いプロダクトもいくつか存在しますが、その大部分が、いわば予備校で講師が板書している様子をスマホで観られるというものなんです。ここに、もっとテクノロジーやクリエイティビティを活かした、新しいアプローチのサービスを作る余地があるのではないかと。そこでいま、たとえば小学校の足し算引き算の勉強などを、1分から1分半ほどのフルアニメーションによって、エンターテインメント的な要素を持たせつつ、楽しんで学べるサービスを進めています。

 

——一方向的な講義形式ではなく、感覚や体験を通しての学びということですね。

北條さん:もともと、受験向きのような、学びのなかでもかなりの学習強度で頑張らないといけない領域にEラーニングを適用することに対して、長らく違和感がありました。と言うのも僕は、教育にとっては「熱」の部分がすごく大事で、周囲の環境や一緒に学ぶ仲間とのインタラクションや、切磋琢磨という要素が重要だと思っているんです。

長澤さん:同感ですね。知識としてではなく、体験のなかでしかできない学びがある。

北條さん:なので、受験のようなものには塾のような「場」が設けられることがやはり重要だと思っています。一方で受験以前の問題として、学びの過程の小さなつまずきによって勉強が嫌いになり、苦手意識を持ったままずっと行ってしまう人もいる。本当は発揮できたかもしれないポテンシャルを、発揮できていない子どもがいるのではないか。大人になるとよりわかりますが、何か知らないことを学んで理解した瞬間というのは、どれだけ歳を重ねても楽しいものですよね。その「わかった」という感覚を、なるべくわかりやすく感じもらえるサービスを、クリエイターの方たちと作れないかと。

 

——そこで「動画」という形式を選ばれたことに、現代性を感じます。

北條さん:いまの子どもって、テレビをじっくり観るというよりも、YouTubeのような動画サービスで短尺のコンテンツを次々とスイッチングしながら見るというライフスタイルを持っているんです。また、手元のスマホで動画を見ることにも馴染みがある。たとえば因数分解がわからないとき、板書で説明されるようなものではなく、理解のポイントをアニメーションで1分ぐらいに凝縮したような動画をスマホで見ることできれば、「なるほど」とすぐに思えて学びが楽しく感じられるかもしれない。苦手と思わせないことがとても大事で、その入口づくりで活きるのがまさにクリエイティビティだと思っています。

 

——学びに加えて、動画そのものの良さに興味を持つ子どももいるかもしれませんね。

北條さん:そうですね。それもありますし、クリエイターの活躍の場という意味では、たとえばムサビの卒業生の方のなかにも、表現者として大成したり、一般企業に入って大成したりするケースもあると思いますが、そうじゃない方もいると思うんですよ。

長澤さん:実際、そうした卒業生が大半かもしれません。

北條さん:そうしたなかで、ネットのサービスは結果が出やすい。なので、自分の表現の「売り」や見せ方を、すぐに反応がもらえるネットという場で試すというのは、クリエイターにとっても面白い経験だし、成長の場になるのでは、と考えています。

PROFILE

北條大介

株式会社教育測定研究所 代表取締役社長 兼 CEO
1999年、明治大学法学部卒。卒業後、株式会社VIBEに入社し、モバイル・インターネット黎明期にiモードなど携帯キャリア向けコンテンツ配信サービスを数多く立ち上げる。2006年、MTV Network Japan株式会社に入社。デジタル事業本部シニアマネージャーとして同社のデジタルコンテンツ配信サービス及びデジタルマーケティング事業を手掛ける。2010年、セレゴ・ジャパン株式会社取締役COOに就任。オンライン英語学習サービス「iKnow!」の成長を牽引した。2014年12月株式会社教育測定研究所取締役に就任。2015年10月同社代表取締役CEOに就任(現任)。2015年3月株式会社EduLab取締役に就任(現任)。

PROFILE

長澤忠徳

武蔵野美術大学 学長
1953年生まれ、富山県出身。1978年、武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業後。1981年、Royal College of Art, London 修士課程修了 MA(RCA)取得。1986年、有限会社長澤忠徳事務所設立、代表取締役就任。1999年、武蔵野美術大学造形学部デザイン情報学科教授に就任。2015年、同学長に就任、現在に至る。2016年、Royal College of Art(英国)より、美術・デザイン教育の国際化を先駆的に推進した功績が認められ、日本人初のシニアフェローの称号を授与。

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