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異色の当事者二人が語る。「未来の教育における、テクノロジーと表現の活かし方」【後編】

教育測定研究所 × 武蔵野美術⼤学

いま、教育の世界に求められる変化とは何なのか? 今回は、テクノロジーの進化や従来の専門分野の解体のなかで、「学び」のあり方に新たな一手を打とうとする当事者二人の、異色の対談をお届けする。北條大介(写真・右)さんが代表を務める「教育測定研究所(JIEM)」は、人間の能力をより客観的に測定するテストのかたちを模索しながら、その方法論をさまざまな学びの現場にも活かしてきた。JIEMは現在、表現の力を活用した斬新な動画学習サービスを開発中だ。一方で、「図りごと」という独自の視点から、美術大学のこれまでのジャンル意識を相対化してきたのが、武蔵野美術大学(ムサビ)の学長で、デザイン教育を刷新してきた長澤忠徳さん(同・左)。ムサビは最近、企業や社会との協働を促進させる新学部と新キャンパスの設立を発表したばかり。立場の異なる二人は、現在の教育にどんな課題を感じているのか。全3回の対談記事。最終回となる本記事では、これまでの議論を踏まえ、さらに深く今後の教育ビジネスと美大生に求められる姿勢を探っていく。両者が探るべき新しい関係性とは?

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スキルを「ただのスキル」で終わらせないために

ーー前回の記事の終盤では、JIEMが開発中の動画学習サービスは、動画を制作するクリエイターにとっても、実験と成長の場として有効だという話をお聞きしました。

北條さん:動画はいま、テクノロジーの進化でいろんな表現手法が可能になり、制作コストも下がっていますよね。品質の高い表現が、一定のスキルでできるようになっている。我々としては、PDC(計画、実行、評価のサイクル)の早い循環によって、いろんなアプローチを試したいので、動画は挑戦したいメディアなんです。ただ、こうして言葉で語るのは簡単ですが、本当にグッとくる動画を作るのは大変で(笑)。

 

ーーそうですよね。いくら技術が進んでも、感性に訴えるものを作るのは難しい。

北條さん:前回もお話したように、教育の世界のどこにマーケットとしての歪みや入り込める余地があるかは、ビジネスサイドで考えられます。でも、本当に使われる魅力的なコンテンツが作れるかは、別の話。動画サービスにおける反応の速さはクリエイターにとっても刺激的だと思うので、協働していくことができればと思っています。

 

ーー一方、長澤さんにお聞きしたいのですが、そのクリエイターが本当にプロの教育コンテンツの作り手になるには、一回かぎりの協働ではなく、継続的な試行錯誤が求められますよね。つまり、自分の持っている技術をある専門領域と結びつけていく思考が必要になる。しかし、実際には多くの美大生が、スキルを特定の現場で使う意識をあまり持っていないようにも感じるのですが。

長澤さん:美大生のスキルのあり方は、これまでバーサタイル(多目的)すぎたと思うんです。要するに、「何でも通用するスキル」というところで止まっちゃう。これを解消するには、それこそ新設学部の課題ですが、修士過程くらいから、実際にさまざまな問題に取り組んでいるエンジニアや研究者とコラボレーションをするしかないと思います。そのなかで、現実的に「この回路を実現すれば」とか、「こういうコンテンツを生み出せたら」といった問題に直面しない限り、美大の先生から教育や医療のような他分野のテーマが与えられることはない。これは学校の限界ですが、学学連携や産学連携のなかでしか、そうした広がりのある関心は生まれないと思います。

 

ーークリエイターを目指す学生は、フロンティアスピリットはあるはずだけど、こと職業や業界に関しては、いまも広告や紙の分野に多くの人が集まる。けれど、教育業界をはじめとして、じつは自分が一番になれるかもしれない分野があるわけですよね。

長澤さん:新しい分野に乗り込んでいって、得をした事例をあまり見ていないから、ピンとこないという部分もあると思うんです。いまの学生を見ていて思うのは、損得勘定がすごいということ。「そんなことをやっても食えない」と思うのかもしれません。

 

ーーだからこそ、いろんな業界の現実に、現場レベルで触れることが大事だと。

長澤さん:おっしゃる通りです。たとえば僕の友達で、川崎和男という人がいる。東芝のデザイナーだったんだけど、事故で車椅子になってしまった。彼がすごいのは、その事故をきっかけに人工心臓を作って、医学博士まで取ったんです。デザイナーだよ?

北條さん:すごいですね。

長澤さん:彼は医療関係のデザインも手がけることになったけど、予算は普通の産業界の何倍にもなるそうです。命に関わることは、みんなお金をかけるから。それに対していまの美大卒のデザイナーが、広告など一部の世界に留まっているのは、とてももったいないことだと思う。医療や化学などにも目を向けてもらう回路が必要だなと感じます。

「学び」を受験から解き放つ 開かれた環境づくりの必要性

ーー美大生には、新しい現場で発揮できる潜在力があるかもしれない。ただ、教育のような他分野から見て、そもそも美大生の存在は認識されているのでしょうか?

北條さん:僕自身は以前、MTVで働いていたこともあり、デザイナーや映像制作の人の存在や考え方はある程度、知ってはいます。プロモーションビデオの現場にはマーケティング思考を持っている人が多い、とか。でも、そのあとに入った教育業界には、そこにデザインを持ち込もうという強いウィルを持った会社は、あまり多くはないんです。

 

ーーそこにはどんな要因が考えられますか?

北條さん:こう言ったら身も蓋もないんですけど、要は教育業界って、受験がマーケットを作っているんですよね。「良い大学に入りましょう」というところに、すべてが集約されている。日本においては学習塾だけで、約1兆円のマーケットがあるんですよ。

一同:へええ!(驚)

北條さん:合格するために、徹底的にそこに向けたスキルやマインドを仕込んでいくという世界のなかでは、デザインが活かされる余地もない。でも、これからどんどん子どもの数が減り、大学の数も多すぎると言われるなか、そのやり方を見直さなくて良いのかという疑問があります。そもそもお金が集まる塾のマーケットにしても、高いお金を払って塾に通える受益者というのは、生徒の半分もいないわけです。だから、「良い大学に入ろう」ではなく、「こうすれば人生はもっと楽しい」というアプローチで、教育というものを広げて、幅広い人に学びの楽しさを提示しないといけないと思うんです。

 

ーー新しい動画学習サービスは、その試みのひとつということですね。ただのお勉強ではなくて、知そのものを楽しむ環境づくりにデザインの力が使える可能性がある。

北條さん:たとえば、昔からある歴史を教えるマンガのようなものに活かされているのも、一種の表現ですよね。その次世代のマスターピースが、現在のテクノロジーを使うとできるのではないか。そこに、トライしたいと思っています。

長澤さん:お話を聞いて、これまでも北條さんのように寄ってきてくれる人はいたけど、美大の側が背を向けていたと、つくづく感じますね。でも、今後もそんなことをしていたら相手にされなくなるだけ。そうした人とコラボするには、新キャンパスで都心の便利な場所に出る必要があるし、もっと胸襟を開く必要があるし、あえて多様な受け止め方ができる「クリエイティブ」という名前が付く学科や大学院を開かないといけない。

 

ーー分野を絞ってはいけないと。

長澤さん:そう。学科名に「〇〇デザイン」とか、分野名を付けたら終わりなんです。僕たち美大は、わけのわからない「混沌くん」でいいんですよ。じゃないと、これまでの構造を再編成していくような混沌の場も作れないし、コラボもできないですからね。

 

企業と美大生がともに成長していく関係性とは?

ーー最後に、今日の対話を通じて感じたことを聞かせてください。

長澤さん:さっきの新しい分野の開拓の話にもつながるけど、僕は日本の美大から、よりスケールの大きなチャレンジャーが現れて、大成功するような事例が生まれることが必要だと思うんです。たとえば僕の大学の先輩に、電気機器メーカー「ダイソン」の創業者であるジェームズ・ダイソンがいます。なぜ彼があれほど成功したかと言えば、自分でメーカーを作り、工場を持ち、デザイナーから組立工まで雇ったからです。もしも彼が一デザイナーのままだったら、計画を立て、ロイヤリティをもらって終わりでしょう。

 

ーーそうですね。

長澤さん:だから日本の美大生からも、総合的な視野で物事を見て、自分でお金をつけてプロジェクトを生み出すようなイノベーターが生まれてほしい。その手前で「医療や教育のことはわからない」と躊躇し、パッケージなどのデザインに終始していてはいけないと思います。本来ならば、そうした製造プロセスの改良や、ビジネスのシステムづくりにもデザインは活かせるし、解決すべき課題を投げてあげれば、必死に知恵を絞る子が揃っているのが美大です。いままではその投げ込みができていなかった。新設学科では、ぜひそれを進めたいですね。

北條さん:いまのお話もすごく面白いですね。会社というのは根本的に、つねに成長し続けないといけない宿命を負っているわけですが、現実には、プロダクトから組織上の問題までさまざまなことが起きる。その歪みをきちんと捉え、解決していくことがデザインの思考という風に置き換えると、デザインを考えられる人というのは、問題解決の鍵にもなり得るんだなと。今日は、そのイメージをたくさんいただいたように思います。

 

ーー美大生の存在が、すこし違う角度から見えてきたと。

北條さん:JIEMには美大以外の卒業生が多いですが、そもそも美大の人との接点がなかったのかなとも思います。今日のお話を聞くと、新しい試みを仕掛けるときには、むしろ美大の教育を受けた人の方が、問題を共有したり、解決に向けた議論がしやすいかもしれないと感じました。経済学部などで学ぶ知識は、すぐにネットで調べられる。そんな時代に、アイデアをきちんと像に紡げる人とコミュニケーションを取れる素地を作っていただけるのなら、そこで新しいことを考えた方が面白いと思いましたね。

長澤さん:新設学部でいろんなコラボが進み、イノベーターや成果が生まれたときには、ぜひJIEMで「どうしてうまくいったのか」を、測定して分析してほしいね(笑)。

北條さん:ははは。

長澤さん:でも、僕たちクリエイターのやっかいなところは、方程式が見えたらすぐにそれを捨てるところ。クリエイターは「同じものを作って」と言われた試しがないから。

 

ーーやっかいですね(笑)。

長澤さん:そうだね(笑)。でも、クリエイティブの原動力は、絶対にそこにある。

北條さん:ある程度の体系化をして、再現可能な地点まで持っていき、商売にするのは企業側でもできることですよね。でも、それだけならマーケットのなかで飽きられるわけだから、それに対して新しいインスピレーションやデザインが必要になる。その往復運動をつねに繰り返し、一方が落ちても片方は上がるような経験を階段のように積み重ねていければ、会社は成長していける。そんな関係性が求められているのかもしれません。

 

ーー新しい動画学習サービスや学部が、そうした交流の場になると良いですよね。今日はありがとうございました!

PROFILE

北條大介

株式会社教育測定研究所 代表取締役社長 兼 CEO 1999年、明治大学法学部卒。卒業後、株式会社VIBEに入社し、モバイル・インターネット黎明期にiモードなど携帯キャリア向けコンテンツ配信サービスを数多く立ち上げる。2006年、MTV Network Japan株式会社に入社。デジタル事業本部シニアマネージャーとして同社のデジタルコンテンツ配信サービス及びデジタルマーケティング事業を手掛ける。2010年、セレゴ・ジャパン株式会社取締役COOに就任。オンライン英語学習サービス「iKnow!」の成長を牽引した。2014年12月株式会社教育測定研究所取締役に就任。2015年10月同社代表取締役CEOに就任(現任)。2015年3月株式会社EduLab取締役に就任(現任)。

PROFILE

長澤忠徳

武蔵野美術大学 学長 1953年生まれ、富山県出身。1978年、武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業後。1981年、Royal College of Art, London 修士課程修了 MA(RCA)取得。1986年、有限会社長澤忠徳事務所設立、代表取締役就任。1999年、武蔵野美術大学造形学部デザイン情報学科教授に就任。2015年、同学長に就任、現在に至る。2016年、Royal College of Art(英国)より、美術・デザイン教育の国際化を先駆的に推進した功績が認められ、日本人初のシニアフェローの称号を授与。

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