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「機能価値より感性価値を」Sonyによるファッションブランド「FES」が描く新しいプロダクトの地平

杉上雄紀(Sony)× 安田昂弘(CEKAI)× 朝倉洋美(Bob Foundation)× 櫛笥友季未(TAKT PROJECT)

ウォークマンに代表されるように、文化的な喜びをテクノロジーによって増幅させ続けてきたSony。同社がファッションの領域に取り組んでいることをご存知だろうか。「Fashion Entertainments(以下、FES)」と名付けられたプロジェクトでは、外部のクリエイターと連携しながら新たなファッションの楽しみ方を創造するブランド、そしてプラットフォームを築いている。この「FES」での取り組みのなかで、ディスプレイウォッチ「FES Watch U」が誕生した。文字盤とベルトが一枚の電子ペーパーでつくられたこの腕時計は、ボタンを押すだけで時計全体の柄が変わる。また、スマートフォンアプリを使えばオリジナルデザインの追加も可能。服を着替えるのと同じ感覚で、時計のデザインを変えることができるのだ。FESでプロジェクトリーダーを務める杉上雄紀さん(写真・右)を筆頭に、プロジェクトに関わったCEKAIの安田昂弘さん(同・左)、Bob Foundationの朝倉洋美さん(同・中左)、TAKT PROJECTの櫛笥友季未さん(同・中右)の3名の外部クリエイターを交えたインタビューで、その正体に迫る。

機能ではなく、感性のためのテクノロジー

——はじめに「FES」というプロジェクトの全体像について教えてください。

杉上さん:「FES」は、ファッションのデジタル化により新しいライフスタイルを提案するブランドと定義しています。

 

——ファッションのデジタル化とは具体的にどういったことでしょうか。

杉上さん:音楽を例に挙げると、ウォークマンというプロダクトと、楽曲データというコンテンツによって好きなときに好きな音楽が聴けるライフスタイルが実現できていますよね。一方でファッションは、一部の例外を除いてこういったデジタル化がなされていません。コンテンツに当たるものを服の柄として捉えたとき、それを自分で選んで変化させられる生地=プロダクトがつくれたら、好きなときに好きな柄の服を身にまとえるというライフスタイルを提供できるのではないか、と。

 

——なるほど。このような発想に至ったきっかけは?

杉上さん:もともと「丸ごとデジタル化できる産業はあるのか?」という問いを持っていました。2012年に初めてゲームショーに行ったとき、ビデオゲームに混じって一区画だけカードゲームが紹介されていたのが印象的でした。思えばゲームという産業も、昔はカードやボードゲームのようにアナログだったものがデジタル化しましたよね。では、同じように多くの人を熱狂させているが、まだアナログな手法がメインになっている領域は何か? それを考えたときにファッションだと気づいたんです。

 

——Sonyとしてはチャレンジングな試みのような気がします。

杉上さん:そうですね。当初は業務外で進めていたプロジェクトだったのですが、段々と仲間が集まり、コンセプトを練るうちにこれは業務としてやるべきだと思うようになって。その勢いで社長に直談判に行きました。ちょうど「Seed Acceleration Program(SAP)」のローンチを考えていたところで、運よくその0号プロジェクトとして業務化できることになったんです。

——会社全体の戦略のなかで「FES」はどういった役割を果たしていますか?

杉上さん:戦略とは少し異なるかもしれませんが、例えばカメラで言えば、ソニーは映画監督や放送関係者向けの業務用カメラから、プロ向け一眼レフ、一般ユーザー向けのデジタルカメラなど幅広い層のクリエイター・ユーザーに商品を届けています。ゲームで言えば、ゲームクリエイターがつくったコンテンツをユーザーがゲーム機を使って楽しんでいます。そういう意味で、Sonyはクリエイターとの関係を大事にしてきました。また、クリエイターに根差すという発想は会社の姿勢として常にありますし、これからも重要視していくと思います。一方で「FES」は、デザイン領域が「デジタル×ファッションにおけるグラフィック」なので未開拓な部分が多いのと、段階的にオープンにしていく志向を持っているので、より多様なジャンルやレイヤーのクリエイターに楽しんでもらえる性質を持ったプロダクトになればと思っています。

 

ゆくゆくは誰もが自分だけの時計を持つ、ということさえありえるかもしれない

——「FES Watch U」が誕生した経緯について教えてください。

杉上さん:好きなときに好きなデザインに変えられるプロダクトを構想していているなかで、時計というツールに着目しました。人はさまざまな種類の服を所有し、それを毎日着替えていますよね。その日の予定や気分に合わせて自分らしく装うのは、服が持っている感性的な価値であり、当たり前すぎて普段意識しないレベルのものだと思います。便利な機能価値ではなく、この感性価値自体をテクノロジーで高めたいと考えました。そこに着目し、文字盤からバンドまで、着替える感覚でデザインを丸ごと選べる時計があったらいいなと。

 

——どのように制作されてきたのでしょうか。

杉上さん:まずTAKT PROJECTさんに、第一世代の「FES Watch」をプロトタイプの時点からデザインしてもらっていました。第二世代の「FES Watch U」で電子ペーパーに任意のグラフィックを表示できるようになったので、CEKAIの安田さんにテストドライバーとして、「このプロダクトでどんな表現ができるのか」という部分をディープに探ってもらいましたね。

安田さん:試作機の段階でさまざまな柄をつくりながら、表現の限界を探っていきました。電子ペーパーって、アナログだけどデジタルという不思議な素材なんですよ。曲げられるディスプレイというユニークな特徴がある一方で、解像度が高いわけではなく、色調は4段階しかありません。だから「イラストだったらどう書き出せばいちばん綺麗なのか」「線の細さはどこまで対応できるのか」「写真だったらどうなんだろう」と素材と向き合いながら、クリエイターがどんなアウトプットのフローで臨むべきなのかを明らかにしていくことにしたんです。

——なるほど。電子ペーパーの仕組みは、磁石で絵を描くおもちゃのようなイメージですか?

杉上さん:まさに。電気に反応するインクが入っている素材なので、文字を表示させればペーパーですが、見方を変えれば電気で染色するテキスタイルとも考えられます。新しい使い方を広げていくことで、今後も技術が発展していけばと思っています。

 

——みなさんが制作されたデザインについて教えてください。

朝倉さん:私は、手書きのイラストレーションを採用しました。デジタルとアナログのギャップを埋めるのって思いのほか大変なんです。だからこそ、アナログな質感のものをデジタルにぶつけてみることを意図しました。あまりロジックを詰めず、ゆるいスタンスで。でも、細かなサイズの調整がすごく難しかったですね。2Dと3Dを跨ぐような作業は、時計の表面のデザインをしているというより、アクセサリーをつくる感覚に近かったです。

櫛笥さん:TAKT PROJECTは、時計に柄を載せるのではなく、時計だからこそ生まれる柄にしよう、というコンセプトで取り組みました。メタモルフォーゼという柄は、数字に対応する4つの図形の組み合わせで時間をひとつの図形に置換しています。1はこの形、2はこの形、それを組み合わせると何時かわかる、みたいな。たとえば14時20分の形はこんな風になります。時間の経過とともに形が変化するので、当初はアメーバという名前で呼んでいました。

櫛笥さん:他にも心電図をイメージして、時間の鼓動を捉えるものもあります。今までとは違う時間の表現があってもいいんじゃないか? という提案ですね。

安田さん:私はテストドライバーとして入った経緯もあって、理論的にはいちばん綺麗に表示されるはずである1ピクセルのドットの集合体を用いました。残念ながら現在の技術では、グラフィックを変化させることはできても、質感そのものを変化させることはできません。だからこそ、目で見ただけの状態でいかに立体的な凸凹の手触りをつくれるかにトライしました。テクスチャーの変化によって時間を表示するようにデザインしています。

杉上さん:ひとつのプロダクトにこれほど多様な考え方がもたらされたことに驚きました。FES Watch Uは「自分らしく時を着る」というキャッチコピーを掲げているのですが、ゆくゆくは誰もがその人らしい時計をデザインする、ということさえありえるかもしれません。

 

——今後は、より技術的な革新が起こりそうです。

杉上さん:そうですね。ただ、FESはそういう方向に向かうことは考えてなくて。技術は便利さを高める方向に使われることが一般的で、それ自体は大きな流れとして今後もあり続けるはず。けれど、FESとしては、新しい服に袖を通して気分がガラリと変わるような、感覚や情緒に訴える価値にこだわりたいと思っています。便利にしようとすればできる余地がありますが、そちらを足すよりは感性価値に特化したプロダクトとして成長させていければと。

 

——これからつくろうと計画しているものはありますか?

杉上さん:それが現時点では言えないんです(笑)。可能性のある領域なので、ぜひご期待ください。

 

——杉上さんは言えないとのことなので(笑)、みなさんが思い描く、未来のファッションの姿を教えてください。

杉上さん:みなさん、お願いします!

一同:(笑)

朝倉さん:バッグかな? さまざまなサイズとか形が必要なので、形とかまで変わっちゃったりするもの。ロボットみたいに。

安田さん:ファッションの側からすると、デジタルってハードルが高い。たとえば、メールが返せるシャツがあったとしても必要ないですよね。だからこそSonyさんがこういうオープンな場を設けることで、想像もしていなかった落としどころが出てくることを期待しています。

櫛笥さん:以前、FESの企画展として「eBoutique 2020」というものを一緒にデザインしたことがあって。電子ペーパーというデジタルなテキスタイルと、コットンやレザーなんかを編み込んで組み合わせたら面白いなと考えていました。

 

——そもそも電子ペーパーって着ることができるんですか?

杉上さん:着られます。着心地は悪いかもしれませんが。

安田さん:通電した瞬間に定着するから、裁断しても柄は残ります。それがディスプレイと違うところで。スマホのディスプレイはそれ自体が光っているけれど、電子ペーパーは発光媒体ではなく反射媒体で見えているので、「表示」ではなく「印刷」や「染色」に近いんですよね。

 

人類にとって初めての体験をつくること

——7月末からは公募で「FES Watch U」のデザインを募るそうですね。

杉上さん:はい。電子ペーパー×ファッションという未開拓領域でこんなデザインをしてみたい、ファッションのデジタル化でこんな世界が拓けるのではないか、という熱いマインドを持ってくださる方に参加してほしいと思っています。逆を言うと、そのマインドだけあればジャンルは問いません。さまざまな領域で活躍している方が集まったら、もっと新しい表現が生まれる気がしています。

 

——クリエイターとして参加したみなさんから、公募に際してのメッセージをお願いします。

朝倉さん:可能性が限りなくあるが規制もある。なので、とりあえずやってみましょう、ということに尽きますね。

安田さん:身近じゃない素材だからこそ出てくるアイデアもあると思います。自分だったらどういうものがほしいのか、その興味を素直に掘っていくと、その先に「時間を表現する」というゴールがあるので、結果的に思ってもみなかったところに行けたりもするのかなと。少し話が逸れちゃうんですけど、最近のディスプレイって綺麗すぎると思っていて。印刷技術もそうですが、人間の目が感知できる解像度には限界があるし、そこで競うのではなく、違う角度から取り組んだ方がクリエイティブな気がします。そういった意味でもいいきっかけになりそうですね。

 

——グラフィックをやっている安田さんがそうおっしゃるのは意外ですね。

安田さん:解像度のことを考えすぎて、一周回って嫌になったのかもしれないですね(笑)。学生の頃から視覚にまつわる本とか読みまくっていたので。

 

——櫛笥さんはいかがでしょう。

櫛笥さん:話をまとめるわけではないのですが、相反するものが合わさっているのが魅力だと思っています。デジタルとアナログの両方の感覚を使えるのが魅力的だなって。さまざまな提案が集まるプラットフォームは単純に素晴らしいと思うので、ぜひ参加してみてほしいです。

杉上さん:コンテンツはデジタル化においてとても大事な要素です。今回の公募によってコンテンツが一気に多様化していくのではと楽しみにしています。このプロジェクトは、大げさに言えば、人類にとって初めての体験をつくることです。FES Watch Uという表現媒体を使って、自分らしく、楽しんでデザインしていただける方の参加をお待ちしています!

PROFILE

杉上 雄紀(Sony)

1982年8月生まれ、東京都出身。2008年東京大学大学院工学系研究科を卒業後、同年Sony株式会社に入社、ホームエンタテインメント部門へ配属。テレビと連携するスマホアプリや新規商品の開発に携わる一方、ボトムアップの部門内アイデアコンテストのスタッフとして精力的に活動する。“デジタル化でファッションをもっと自由にもっと楽しく”をビジョンに掲げ、電子ペーパーを紙ではなく布として捉えて柄の変わるファッションアイテムをつくるというデジタル・ファッション事業を発案し、2013年より有志を集めて業務外での活動を本格化。2014年4月に設立された新規事業創出部にて社内スタートアップFashion Entertainmentsとして活動を開始し、事業開発に邁進中。2015年11月より、First Flight他にて第一弾商品である柄が変わる時計FES Watchの販売を開始している。

PROFILE

安田昂弘

1985年生まれ。獅子座。名古屋市出身。多摩美術大学グラフィックデザイン学科を卒業後、2010年に株式会社ドラフトに入社。 2015年同社より独立。CEKAI(世界株式会社)に所属し、アートディレクション、グラフィックデザインだけでなく、国内外での作品展示、デジタル領域のデザインやプロダクト、映像監督など視覚表現を軸にさまざまなクリエイティブでの活動を展開している。身長は189.5cm。

PROFILE

Bob Foundation

朝倉充展と洋美によるクリエイティブグループ。イギリスCentral Saint Martins College of Art & Design卒業後、2002年にBob Foundationを設立。アートディレクション、グラフィック、イラスト、ムービーなどに渡り活動。2015年、オリジナルペーパーブランドNumber 62をDAILY BOBという日用品ブランドに一新し、製造から販売まで行う。興味のある題材を見つけては分野を問わず研究する毎日。「プロフェッショナルな図面工作」がモットー。

PROFILE

TAKT PROJECT

DESIGN THINK+DO TANKを掲げ「別の可能性をつくる」さまざまなプロジェクトを展開しているデザインファーム。吉泉聡を代表に、2013年に設立。スタートアップから大企業、大学、研究機関、行政機関など、幅広いクライアントと共に多様なプロジェクトを展開している。クライアントワークと平行し、実験的な自主研究プロジェクトを行い、その成果をミラノサローネ、メゾン・エ・オブジェ・パリ、香港M+など、国内外の美術館やデザインイベントで発表・招聘展示。その研究成果をベースに、様々なクライアントとコラボレーション、プロジェクトに応じてデザインの役割を最大化する独自のアプローチを特徴とする。主な受賞歴として、グッドデザイン賞、SDA賞、ディスプレイ産業優秀賞(経済産業省商務情報政策局長賞)、ドイツ Red Dot Design Award、ドイツ iF Design Awards、Design Miami/ Swarovski Designers of the Future Award 2017など多数。

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