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横石 崇の「働き方の話の前に、とりあえず皿を洗え」 – Tokyo Work Design Weekオーガナイザー

#1 謹賀新年。1億円が儲かった話。

「1億円儲かるけど、うちで働かない?」

僕らは連れてこられた喫茶店の隅っこで、ダボダボのストリートファッションを着た痩せ細った前歯の欠けたお兄さんに口説かれていた。

当時、高校生1年生の僕らにとっては目眩のするような大金が舞い込んでくるような話なのだが、いま振り返って思うとなんとも恐ろしいお誘いだ。

僕は大阪のド真ん中にあるアメリカ村と呼ばれる広いのか狭いのか、よくわからないようなネーミングの地域の近くに生まれ育った。大阪なのになぜか自由の女神像があった。大阪なのに国民の休日には星条旗が並んだ。大阪なのに突如道端でラップバトルが始まったりする。90年初頭のアメリカ村は、どこを歩いていても「殺るか、殺られるか」の一触即発の雰囲気があった。ならず者たちが自由と血を求め彷徨っていた。NIKE AIR MAX95を履いているだけで狩られるという諸行無常極まりない事案もあったぐらいだ。

マライア・キャリーが流れるアメリカ村の喫茶店の隅で、前歯の欠けたお兄さんが僕と連れの荒木くんに向かって、続ける。

前歯「専用の固定電話端末を、いろんな家に訪問して導入してもらうだけだから」
僕 「はぁ、、すごく簡単そうですね、、、」
前歯「この端末は、ヤマハの工場の近くにある静岡で開発されたんだけど、なんせ21世紀を先取りしてるから」
荒木くん「静岡ってスゴイんですね!」
前歯「電話とFAXとポケベルの機能がくっついてた世界初の複合機端末。しかも受話器は無線。これを家にある黒電話と交換するだけ。簡単っしょ?」
僕 「そんな簡単に買ってくれるんですかね、、、」
前歯「報酬は1件10万円。100件で1000万円。あとは君が“親”になって、“子”を10人つくって売れば1億円になるから。」
荒木くん「ひゃあ、1億円、ヤバイっすね!最高っす!」
前歯「これ端末のチラシね。よろしく」

前歯はケタケタケタと笑いながら、素人丸出しのデザインが施された白黒のチラシの束だけを渡された。「こんなもん売れるわけないやん。。」と思って、隣の連れの荒木くんをみたらノリノリになっていた。マライアもビックリである。

思い返せばアルバイトさえしたことのない僕にとって、これが仕事とのはじめての出会いだったかもしれない。仕事とは何か。お金儲けとは何か。生きるとは何か。アメリカ村で育った僕らはアメリカンビレッジドリームを目指して、子どもから大人への階段が用意される。常に気分はデッドオアアライブ。クリックアンドモルタル。ゲットワイルドアンドタフ。

結局、僕は世界初の固定型ポケベル端末を売ることはしなかった。荒木くんはそれを売ることを選んで、学校をやめて、若干18歳でその会社のエースになったところまでは知っている。1億円儲かったのかはわからないけど、彼の悪評を聞くようになって、僕は距離を置くようになって、ほどなくして忘れていった。甘酸っぱいリアルな話だ。

それから十数年。僕は30歳になり、マライアはしっかりとした体格の女性になった。

「1億円儲かるけど、うちで働かない?」

また、同じような誘いを受けた。とある外資系保険会社の営業のヘッドハンティングだ。雑誌で僕のインタビュー取材を見て連絡先を探したらしい。表参道のエンヤの流れる小奇麗な喫茶店の隅で、どでかい腕時計を身につけてアイスクリームを食べながら色黒のスーツ姿の男が語る。

腕時計「君は外交員としてのセンスがあるよ。一緒に仕事がしたいもんだね」
僕  「はぁ、、」
腕時計「うちのスタッフは年収1億円プレイヤーはいっぱいいるよ。俺のチームはレアル・マドリードよりもスター軍団だから。わははは。」
僕  「はぁ、、」
腕時計「法人で大口顧客捕まえたら一生安泰ね。」
僕 「そんな簡単にいくんですかね、、」
腕時計「それまではちょっとだけ家族や知人を頼るしかないけどね〜。」

フラッシュバック。あれですやん。結局それはあれであれですやん。

前歯が欠けたお兄さんとどでかい腕時計のビジネスマンの程度の差はあれども同じように見えた。二人に共通するのは笑顔がどこか不自然に作られているということだ。仕事という概念においては上も下もないんだけど、何があってもこんな笑顔で笑いたくないし、仕事に家族や友だちを巻き込むのも納得がいかない。

稼ぐとは何か。どうすれば自分の納得いく仕事ができるのか。自由って何だ。なぜマライアはああなってしまっただろうか。

腕時計のお誘いを丁重にお断りして、それから僕は程なくして独立をした。運よく仕事をくれる奇特な友人や知人たちのおかげでプロデューサーとして何とか食べていけることができた。時間が許す限り、自分に来た仕事を断ることはない。それが僕のスタイルだ。どんな発注があってもそれは自分の成長につながると信じている。プロフェッショナルとは、発注者の期待を越えることができる人間だ。そのためには自分の殻に閉じこもるのではなく、想定外のことを意識的に取り込む必要がある。男の流儀がここにある。

なんやかんや今年で細々と会社役員歴10年を迎えた。家族もできて、一児の親にもなった。残念ながら、いまだ1億円なんてお金を目の前でみたこともなければ触ったことない。わざわざAmazonで娘のオムツを買うことにさえ贅沢を覚え、無駄遣いをしているのではないかと思い悩む日々でもある。1億円の儲け話を断ったことに後悔したことはないが、働くことの価値、お金の価値についてあれこれ考える今日このごろだ。

こないだ娘を健康診断へ連れて行った。ちょうど10kgになったらしい。ん、ちょっと待て。1億円の札束の重さは10kgらしい。なるほどそうか、僕は既に1億円を手にしていたのかもしれない。子を儲け、1億円を儲けた。そう考えると悪くない。「信じる者」と書いて、儲けるだ。

きっと、誰の人生にだって、いろんな“1億円”がある。いつだって探しているよ、明け方の街、桜木町で、こんなところにいるはずもないのに。あなたはどんな1億円を掴みたいだろうか。これは手段の話じゃない。哲学の話であり、美学の話だ。闘争だ。自分は何を信じるのか。これからどうやって働きたいのか、どうやって生きていきたいのか。この連載ではそんなような問いや想いを書き留めていこうと思う。そういえば、マライア・キャリーの体重は120kgあったので12億円か。儲かって仕方ない人だ。あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

PROFILE

横石 崇

「TOKYO WORK DESIGN WEEK」発起人・オーガナイザー/&Co.Ltd 代表取締役 1978年大阪生まれ。多摩美術大学芸術学科卒。広告代理店、人材紹介会社の役員を経て、2016年に&Co.Ltd設立。ブランド開発や事業コンサルティング、クリエイティブプロデュースをはじめ、人材教育ワークショップやイベントなど、“場の編集”を手法に様々なプロジェクトを手掛ける。『WIRED』日本版コントリビューターや『六本木未来大学』アフタークラス講師などを務め、著書に「これからの僕らの働き方 〜次世代のスタンダードを創る10人に聞く〜」(早川書房)がある。

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