まちは、そこにある。何もしなくても。たとえば、都心部の若者が集う繁華街を眺めると、流行の移ろいに合わせて活気が起伏するまちの姿が見えてくる。そんな姿と重なるようにして、進化を遂げていくのは、人の営みだ。クリエイターにとっては、コワーキングスペースやシェアオフィスを利用し、リソースの「専有」から「共有」へとワークスタイルを移して久しい。小さなチームを編成し、プロジェクト単位でコラボレーション。「オーシャンズ11型」とも、「ルパン三世型」とも呼ばれることのあるこのチームワークは、まちの心臓を脈打つ “流行” という名の血液を醸成し、循環させる。一方で、そんな “ムーブメント” とは異なる血によって命の火を灯し続けるまちも多い。たとえば、古く長い歴史を刻む “文化” を持つまちだ。人の営みが移ろうのではなく、蓄積されていくことで創造される文化という魂。その魂を継承し、新たな価値を生むことにつながるクリエイターのワークスタイルは、一体、どこに存在するのだろう?
そんな疑問にひとつの答えを持つ営みがある。それが、東京都千代田区神田錦町のシェアオフィス「FUSION_N」を立ち上げた住友商事が2015年から続けている、錦町周辺の文化と事業創出をつなぐ取り組みだ。そこで「FUSION_N」を運営する住商ビルマネージメント 街づくり事業推進室の濱田奈帆子さんと、神田錦町にフォーカスするWEBマガジン「ensemble」を編集する五割一分の三浦哲生さんに、文化を残すまち・錦町で働く魅力と、文化を育むプロジェクトのキーポイントについて教えてもらった。
ーーまずは、錦町を活動拠点にして、このまちに見つけた魅力を教えてください。
三浦さん:神田には、古書街をはじめ、カレー街など特性がはっきりしている区画が多いなか、錦町だけは何色にも染まっていないように感じました。いや、すごくいろんなジャンルの人たちがこの狭いエリアに密集しているので、カテゴリーに分類するのは非常にむずかしいのだと思います。いろんなレイヤーがある。どれと一概に言えないところがひとつの魅力だと思っています。
濱田さん:年齢層も、意見もさまざまです。古くから住んでいる人たちや、商売をしている人たち、新しく事業をはじめた人たちも沢山いらっしゃいます。
ーーカラフルという色名がないように、多種多様な錦町に代名詞がつくのもこれから。東京のど真ん中で、まちを自分らしくタグ付けしていけることが、ある意味、魅力になっているんですね。
濱田さん:ただ、それを魅力って言われると……。朝から晩まで毎日を錦町で過ごしていると、「まちは、ここに元からある」ってよく思うんですよ。だから、まだ錦町に特性はないけれど、新しいことが生まれても、もともとある物が生かされるようでなければいけないと思っています。
三浦さん:古書店街にしても100年以上ずっと残っていて、それはニッチだからこそできたわけで。そういう部分を見習うというか、踏襲というか。引き継いで仕事をしていけるまちなのかもしれないですね。
ーー実際に錦町で新しくはじまっていることはありますか?
三浦さん:たとえば、5年前にぼくが錦町にきた頃は、周辺に飲みに行きたいお店は今ほどはなかったです。
濱田さん:ここ2、3年のうちに増えてきたかなぁ。
三浦さん:以前は人形町や浅草橋まで足を運んでいました。ワインが好きで、お酒関係の仕事もしていたので、ナチュラル系のワインに親しんできたんですが、見つからなくて。それが、「関山米穀店」がナチュラル系のワインを出しはじめて、そのあと「girotondo」「yaoyu」ができたり、「the Blind Donkey」ができたりしていきました。
濱田さん:最近は錦町周辺ですべて済んでしまいます。
ーーみなさんがはじめた新しいこともありますか?
濱田さん:「COFFEE COLLECTION」や「Urban Vineyard」、「神田錦町音楽祭」といったコーヒー、ワイン、音楽などのプロジェクトをはじめています。たとえば、錦町周辺には70年近く続く喫茶店など昔ながらの純喫茶がたくさんあります。一方で、「GLITCH COFFEE&ROASTERS」をはじめスペシャリティコーヒーを提供する新しいお店もできています。そこで、新しいジャンルのカフェに人が集まるようなコーヒーのイベントを続けています。コーヒーを求めてきた人たちは、きっと喫茶店にも立ち寄るだろうし、古くから残る喫茶店へのリスペクトも持っていると思うんです。
錦町周辺に古くからいる人たちと何かを急にはじめるんじゃなくて、まずは自分たちで新しくはじめて私たちの存在に気づいてもらうことを大事にしています。長く続けてきた方々に、最初から一緒にやりましょうと声をかけちゃうと、これまで残してきた仕事にただ乗りするようで、警戒させてしまう気がします。それよりも、じわじわ活動を続けて、認知されてきてから声をかけたほうが古くからまちにいる人たちにも受け入れてもらえると思いました。長く続いてきたことと新しくはじまったことが交わるから、新しいコミュニティが生まれるとも思うんです。時間はかかることですけどね。そのほうがいいなと感じています。
ーーそんな新しい取り組みを、自分たちが好きなコーヒーやワインではじめているのがいいなと思いました。しかも、これまでまちにタグ付けされていなかった魅力を形にして、古くから錦町周辺にいた人たちとは異なる人々が集まってくるきっかけもつくっています。
三浦さん:楽しくないと、続かないし好きになれませんよね。仕事でも、なるべく好きなことをしたいじゃないですか。それをどうしたら継続できて、仲間を増やしていけるのか考えてます。
ーー古くから続いてきた仕事が残るまちだからこそ、新しくはじめた仕事を続けている姿に価値を感じてもらえる文化があるんですね。
三浦さん:だから長く続けていくためにも、なるべく仕事と結びつけていたいですよね。そうすれば、定期的に会うこともできるでしょうし、仕事だからポジティブで建設的な話もできるというか、同じ目標やビジョンを眺めていけます。住友商事さん自身も、3年前に「テラススクエア」をオープンする以前から、錦町の人たちとコミュニケーションを取ってきましたよね。
濱田さん:五割一分さんと出会ったのも、私たちが声をかけてまちの人々に集まってもらった決起集会のときでした。
三浦さん:「テラススクエア」完成が間近に控えた頃、住友商事さんが錦町周辺の飲食店や書店、出版社などに声をかけた決起集会を開いてくれました。私たちにとって住友商事さんのような大きな会社に声をかけてもらえるのはチャンスですから、仕事をもらえるんじゃないかと思って参加したら、ただの飲み会だったという(笑)。
濱田さん:我々が何かをはじめるきっかけは、いつもまちの方と一緒にいる時が多いです。「FUSION_N」自体、そのコンセプトやネーミングは美味しい食事を皆さんで囲んでいる時に浮かんだアイデアを活かしていて。プロジェクトやイベントを通じて、錦町周辺に “古くから長く残ること” と “新しくつくって続けていくこと” の間をつなぐシェアオフィスとしてオープンしました。私自身も、クッション役を担っているなと思っています。
ーーそんな「FUSION_N」自体は、どんな場所になっていますか?
濱田さん:主に雑誌のアートディレクションをしている藤村雅史デザイン事務所さんや、デジタルマーケティング事業をしている岡田さん、私たちが運営する錦町を紹介するウェブマガジン「ensemble」のデザインをしてもらったWEBを中心とした制作会社クスールさんのクリエイターがサテライトオフィスとして利用してくれています。錦町周辺とつながる場所というだけでなく、空間の雰囲気はリラックスして集中できるようになっています。
三浦さん:五割一分にて内装デザインの担当をさせていただいたのですが、女性も居心地よく使ってもらえるように、木とグレーと白を基調にした柔らかい雰囲気づくりを意識しました。暮らしの延長線上にある働く場所として、みんなが気持ちよく仕事ができるようにデザインしました。
ーー錦町周辺は長く居続けることを価値に変えていけるまち。そこに居心地よく仕事に集中できる空間を用意したことは、とても理にかなっていますね。今後、どんな活動が広がっていく場所になりそうですか?
濱田さん:まちに新しいことを作る立場として、100年以上も引き継いでいける文化が残るまちであるので、残していくことにも取り組んでいかなければと思っています。
「FUSION_N」という場所が1年前にできて、そこに集まれば、みんなが近い価値観を持ち、同じ方向を向いていけるようになりました。これからは少しずつ新しいコミュニティが増えていく段階に入ります。以前なら全然付き合いのなかった企業の人とも出会える機会が増えていくような気がしています。古くから文化を残してきた人たちは戦後の日本をつくってきた人たちでもあって、新しいことをはじめながら、いろんな知識を備えてきました。おしゃれな人も多くて、何がカッコイイかにも触れてきていて。だから、コーヒーのような今のカッコイイ文化を形にしていったら、じわじわ気づいていってくれるんじゃないかと思っています。先日、「もう1度、 “カッコイイ” を新しい世代に教えてあげたらいいんじゃないか」という話題になりました。古くから長く続く仕事を残してきた人たちの感性にもう1度触れ、新しいことを生み出しながら、間をつないで皆が豊かだと感じられる活動を行っていきたいです。
歩いてみた、神田錦町周辺エリア
<入居者募集>
FUSION_Nでは入居者を募集中です。詳細な内容については下記ページをご覧ください。
>>https://fusion-n.com/
1964年神田美土代町において業務をスタート。以来神田エリアを中心にオフィスビルのプロパティマネジメント業務を展開している。現在は「行きたい街、住みたい街、そして働きたい街」というスローガンのもと神田の街づくりを進めている。
富山と東京とをベースに活動している建築・設計・デザイン事務所。
家具の販売をはじめ、インテリア小物、古道具、書籍などの販売からコーディネート、またグラフィックデザインなどのアートディレクションまでと、その活動の領域は多岐にわたる。
"美しいと思えるモノ"の全ての垣根を越えて、さまざまなアイテムを独自の視点で編集しトータルで提案する。
2013年、神保町に「51% Tokyo」を開設。住友商事と編集する錦町のウェブマガジン「ensemble」のディレクションも担当する。