MENU

クリエイターのためのクレジット・データベース

MENU
CLOSE © COPYRIGHT BAUS, ALL RIGHTS RESERVED

『でも、ふりかえれば甘ったるく』をふりかえれば甘ったるく? —いつか床子

#6 ふりかえっても甘くはないけど

2018年3月、カメラマン・芸術家・ライター・編集・浪人生など、さまざまなバックボーンをもつ女性10名によるエッセイ・随筆集『でも、ふりかえれば甘ったるく』が、CGプロダクション「シネボーイ」の出版レーベル「PAPER PAPER」から発売された。20代を中心とする著者9名とイラストレーター1名が、それぞれの「幸せ」について自分らしく想いを綴る。彼女たちのこれまでとこれからに紡ぎ出される、それぞれかたちも大きさも肌触りもちがう「幸せ」。読んだらきっと、自らの日常にある小さな「幸せ」に気づいてにこやかになる、そんな1冊だ。

今回BAUSでは、『でも、ふりかえれば甘ったるく』のスピンアウト企画として、著者や制作関係者、ゲストを迎え、リレーコラムをお届けする。

とにかく忘れっぽい性格をしていて、そのことに強いコンプレックスを抱きながら20年以上生きている。忘れることはとんでもなく恐ろしい。確かに出会ったものごとが、その存在感だけを残してぽっかりいなくなってしまったときのあの空洞。喪失感で立てなくなってしまう前にと何でもかんでもメモをしてみるが、最終的にはメモした事実も忘れてしまうので、どんぐりを埋めるだけ埋めて埋め場所を忘れゆくリスみたいな絶望をよく味わった。今だって味わい続けている。

小学4年生になるころには転校を3回経験し、出会いと別れ、そして忘れを繰り返したことで、むしろ「私は忘却のスペシャリストだ」という訳のわからん自負すら発生する。家に遊びに来ていた母の友人の子ども(ゆうすけ君・5歳)に対して、

「ゆうすけ君、遊ぶの楽しいねえ! ……でも君はね、私と遊んでいるいまこの時をいつか絶対に忘れてしまうんだよ……悲しいことだね……」

と、たれぱんだまみれの自室で薄笑いで放った台詞は、いまだに新鮮な羞恥心を伴って思い起こされる。都合の悪い事実に限ってこびりついて離れない。ゆうすけ君が本当に忘れていることを願うのみである。

 

何の話だっけ。そうそう、これは『でもふり」に関する思い出話だ。

「幸せ」に関するエッセイを、と言われてもさて「幸せ」が何かもわからず、幸せにカテゴライズされている思い出もうまく思い出せず、室内ではのたうち回り、室外では会う人会う人に「ところで幸せってなんだろう?」と囁いていた。特に編集の西川さんにはひどく心配させたことと思う。申し訳ありませんでした……。

でもこんなに「幸せ」について考えたのはあのとき以来だな、と思える出来事はひとつあり、5~6年くらい前の真夏、長く付き合っていた彼氏と別れたときである。大学を卒業してからは向こうが名古屋、私が東京の遠距離恋愛をしていて、破局の原因は相手の浮気だった。

事前に察せればよかったのだけれど、私は自分のことにばかりかまける鈍感だったので全然だめだった。彼はTwitter上に経歴を偽ったアカウントを作り、知り合った人たちとオフ会を繰り返していた。彼は童貞を自称し、非モテをネタにしてちょっとした人気者だったが、ある深夜ひとりの女性が「私、彼とデキてます」とつぶやき炎上する。世間は嘘の童貞に厳しい。

すると「私も」「私も彼とデキてる」と戦場のごとく次々名乗りが上がり、火の手がどんどん回って、最終的に私の見えるところにも燃え広がって、そのときになってようやくアカウントの存在と、名古屋での彼の赤裸々なセックスライフを知ったのだ。

ということを当時泣きながら人に話すたびに、いろんな同情や慰めの言葉、アドバイスなどをもらったが、「幸せになりなね」と言われることが多かった。幸せ、という言葉が、音として言葉として、具体的に人生に現れたのはこの時期だったと思う。

 

この時点で私が全く幸せではなく、しかも甘ったるさが一切ない。でも、都合の悪いことのほうが忘れないというのはさっき言った通りなので、もう少しだけ続きを書いてみようと思う。

 

「幸せになってほしい」「幸せになりなよ」と口々に声をかけられつつ、やっぱりそのときの私も幸せが何かもわからなかったし、なりかたもわからなかった。でも、程遠いところにいることだけはわかった。だって悲しみが過ぎて直視できなくなるにつれ、感情の矛先がだんだん「彼」から彼の住む「名古屋」に切り変わり、毎晩「おのれ名古屋……」「どうして名古屋……」と名古屋に捨てられた女みたいな苦しみ方をしていた。これはよくない。

私は忘れっぽいので、彼のこともいずれうまいこと忘れるだろう。甘やかなことばかり都合よく思い出すはずだ。でも名古屋は都市である。帰省でも毎回通過する土地であり、名古屋に抱いた憎しみは風化しにくいのではないか。しかも、名古屋にたくさんある楽しく愉快なスポットに、名古屋憎しで遊びに行けなくなってしまったらその先の人生、かなり損ではないか?

つまり私が幸せになるために、名古屋との和解が必要だと、1たす1は2、ぐらいのシンプルさで考えた。そして、私はいま人に裏切られて苦しんでいるのだから、逆に人を信じまくる試みをすればいいんじゃないかなと、2たす2は4、ぐらいの単純さで結論づけた。

その週末、100円ショップで大きめのカレンダーを買い、裏面の白紙に家にあったクレヨンで大きく「名古屋」と書いて、近所の道路に立って掲げた。名古屋ヒッチハイク作戦の開始である。人の善意とこちらの信頼でもって車に乗り込んで名古屋にたどり着けば、私のこの名古屋への呪縛も解けるだろうと。

 

長くなってしまったので結論だけいうと、5台に乗せてもらって少しずつ進み、日が暮れるまでに豊橋まで着いた。家族連れや友だち同士、パントマイム一座なんかの車に同乗した。

しかし名古屋ナンバーの車だけはどれだけ粘っても1台も乗せてくれなかった。サービスエリアの出口で「名古屋」と書かれた裏紙を掲げながら、「名古屋ひでえ!」とひとりでめちゃくちゃ笑ったのを覚えている。空が高くて青くて、風の気持ちいい日だった。名古屋を嫌えるちゃんとした理由ができたことがうれしくて、清々しい気分だ。そのときの気分を幸せと翻訳してもいいかもしれない。「ああやっと自分のものになった」と思った。突然降りかかってきたものごとやらが。

夜をまたぐのは怖かったから、豊橋についたあとは電車で名古屋駅前まで向かって、金の時計等の前でとりあえず記念撮影してから福井の実家に帰った(帰省の時期だったので)。

あのとき車に乗せてくれた人たちにずっと感謝している。話したことはぼんやり覚えているけど、顔や名前や車の色は忘れてしまった。次に会うときにはたぶんお互い知らない人だ。でも知らない人に、確かに人生のややこしいタイミングを救ってもらったのだ。だからもうずっと、知らない人のことが好きだ。

それで今これを読んでいる知らないあなたは、どんな人なんだろうなあと。でもふりにも書きましたが、本当に、それを思うばかりです。幸せの話、いつか会ったらぜひ聞かせてください。

PROFILE

『でも、ふりかえれば甘ったるく』

カメラマン、芸術家、ライター、編集、浪人生等様々なバックボーンを持つ女性10名のみで制作したオムニバス集。悩みながら、もがきながら、噛み締めながら「今」を生きる。女性9人が自分らしく想いを綴る、それぞれの「幸せ」とは。彼女たちの「これまで」と「これから」をまとめたエッセイ・随筆集。
全国の書店、各種通販サイトにて発売中。

【目次(著者 / タイトル)】
01. 伊藤 紺 / ファミレスのボタン長押しするように甘く
02. 生湯葉 シホ / 永遠には続かない
03. こいぬま めぐみ / 検索結果は見つかりませんでした
04. いつか 床子 / 幸せでない話
05. mao nakazawa / 私の庭
06. 菅原 沙妃 / ここにいていいよ
07. 西平 麻依 / 大人になるのは、きっとそれから
08. 渡邉 ひろ子 / 夜の散歩から
09. エヒラ ナナエ / 愛すべき孤独に
10. ery / カバーデザイン

【Credit】
発行元:株式会社シネボーイ / PAPER PAPER
発売元:日販アイ・ピー・エス株式会社

Produce:西川 タイジ(CINEBOY inc. / PAPER PAPER)
Book Design:近成 カズキ(CINEBOY inc. / PAPER PAPER)

PROFILE

いつか床子

ライター/インタビュアー
2017年5月、第二十四回文学フリマ東京で発行した匿名のインタビュー集『別人帳』が大きな話題に。2018年5月には夜の第二十六回文学フリマ東京で夜の話を集めたインタビュー集『任意の夜n』を発行。「知らない人の生活を、知らないまま覗き込みたい」をモットーにひとりで活動している。

トップ挿絵・エヒラナナエ 文・いつか床子 編集・上野なつみ

関連記事

  1. クリエイターからの依頼が絶えない技術
    #1 |福永紙工株式会社

    READ MORE
  2. だから、夫婦でクリエイター。 vol.02 ミネシンゴ(編集者)× 三根かよこ(デザイナー)

    READ MORE
  3. Adobe MAX 2019で作品を発表。2人のクリエイターが考える、世界で通用するキャリアの描き方

    READ MORE