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「会社」でも「個人」でもなく「ユニオン」──クリエイター・水口哲也が辿り着いた「量子的」な働き方のすすめ【前編】

水口哲也

今年6月に新作『Tetris® Effect』の制作を発表したゲームクリエイター、水口哲也さん。これまで革新的なゲームを数多く生み出してきた彼は、新たな働き方を取り入れていることでも知られている。「会社」という組織のあり方に別れを告げた水口さんはいかにチームをつくり、自身のクリエイティブを更新し続けてきたのか。水口さんが語るチームビルディングの秘訣からは、「会社」でも「個人」でもない「ユニオン」という新たな組織のあり方が見えてきた。

時間をかけた「チューニング」

——6月に新作『Tetris® Effect』が発表されましたよね。そもそもこのゲームをつくることになったきっかけはなんだったのでしょうか。

昔ぼくがセガから独立したときからテトリスをつくってみたいという気持ちはあったんです。でも当時は色々な状況があって叶わなくて。ただ、テトリスをつくっているテトリスカンパニーのチェアマン、ヘンク・ロジャースとは昔から知り合いで、一緒にバーニングマンに行ったり遊んだりして色々話をする仲でした。

PlayStation®4向けソフトウェアとして2018年秋に発売される Tetris® Effect。

6年ほど前にテトリスをつくる話になったんですが、そこで彼がテトリスのもっている力の話をしてくれたんです。テトリスプレイヤーって集中するとものすごい速さに対応できるんですけど、それは極度に集中した状態、いわゆる「ゾーン」に入っている。英語だと “I’m in the zone.”と言ったりするんですが、このゾーンがテトリスの大きな特長なんだと。

また、事故にあってから48時間以内にテトリスをプレイするとPTSD(心的外傷後ストレス障害)みたいな強いストレスが軽減されたり、記憶障害の人にも積み上がるブロックの記憶が残ったりすることが学術機関の研究で明らかになっています。

そういう話をしているうちに、昔考えていた音楽とテトリスの融合だけではなく、もっと感情的にプレイヤーの気持ちを揺さぶるようなものがつくれるかもしれないと思うようになりました。そこで一回考えをまとめたかったので、ぼくがよく組んでいる石原孝士というクリエイターとふたりで1年半くらい色々話しながらビジュアルにしていく作業を続けてきたんです。

——制作が決まる1年半も前から作業されていたということですか? かなり早い気がしますが‥‥

ぼくの特長でもあるんですが、プリプロダクションにはかなり時間をかけます。ビジュアルにしてみてよさそうだったら音をつけたり、映像化したり。自分たちのなかで本当につくる価値があるか、世に送り出す価値があるか1年半~2年くらいかけて考えていく。その過程で自分のなかで古くなってきてしまったらそれは同時代性に頼ってるということ。ずっと大丈夫だと思えたらそれはタイムレスでグローバルなアイデアなんです。そのチューニングを続けている。ワインの熟成みたいな感じです。

 

——それはプロトタイピングの型があるというより、色々な人と話をしながら、ご自身の頭の中でチューニングされているのでしょうか?

そう、実際につくる前にね。そこで消えてしまうものもあるし、早すぎるからもうちょっと寝かせておこうと思ったり。色々準備してます。ぼくらは受注仕事をやらないので、仕事を回していくより本当にいいものをつくって世に届けることを心がけるようにしてるんです。だから結構じっくり考えてますね。

言語以前の感覚を共有する

——制作前にビジュアルをつくるという話がありましたが、『Rez』をつくるとき、どんなものをつくりたいか周りの人に伝えるために「詩」をつくったと聞いたことがあります。本当なのでしょうか?

それは本当。ただ、『Rez』ではなくその続編という位置づけの『Child Of Eden』という作品のときの話で。そのコンセプトは『Rez』からつくられていたんです。普通は世界観とかシナリオをみんなに渡すんですが、想像力を引き出すためには文章で渡したらまずいなと思ったんです。みんなとの距離が縮まらないというか。みんなの中に眠っている何かを引き出せない気がして。

オーディオにしてもビジュアルにしても、言葉よりも前にイメージを引っ張り出すというか。スタッフは30人弱いたのかな。みんなの想像力に火をつけるために、行間を読ませたかった。詩にすることで想像させたんです。

——映像の世界ですと絵コンテをつくったり、台本をある程度つくったりします。

ぼくが映画をつくっているとしたら、このやり方はしないでしょうね。ゲームって特殊で、最終的には「体験」をつくってるんです。この体験というのが非常に厄介で、体験をお互いに伝えあって設計していくボキャブラリーがすごく少ないんですよ。だから例えばある体験をさせることですごく幸せな気分になるとしても、それをもたらすテクニックやレトリックに関する歴史が非常に浅い。文学や演劇、映画、テレビに比べると。

しかも、ぼくらがつくってるのって普通のゲームとも少し違う、アウト・オブ・ザ・ボックスなものなので、なおさら難しい。そういう意味でも、スタッフみんなに何かをインストールする必要があって、そのプロセスを無視すると深いものができないんです。

でも、長い間続けてきたおかげでいまぼくの周りにいるスタッフは話さなくても阿吽の呼吸で伝わるようになってきている。そういう意味では楽なところもありますね。

 

——一度共有できていれば、チームをつくるときは余分なことを省略できることがある、と。

そうですね。同じように恣意的なものを渡したとしても、そこから上がってくるもののクオリティや深さが全然違ってくるんですよね。

 

——ただ、『Tetris® Effect』のトレーラーもそうですが、今までと異なった新しい世界観を打ち出すときは新しいメンバーを入れたり新しい要素を取り入れたりする必要がありますよね。新旧のバランスはどうとられていますか?

あんまり悩まないですね(笑)。昔は結構悩んでた気がしますけどね、うまくいかないときにどうやって新しい血を入れようかなとか。最近はちょっと違っていて、人の中に眠ってるものを出せるようにしているだけですね。

Tetris® Effect』のトレーラーの曲は、ぼくが「元気ロケッツ」をやっていたときからずっと一緒に仕事をしているHydelicというアーティストがつくっています。元気ロケッツの「Heavenly Star」という曲のリミックスを募集していたときに彼と出会って、それから一緒に音をつくるようになりました。こちら側の目指している内容を提案するといくつか答えを用意してくれますし。今回の曲はいままでのなかでもかなりの傑作だと思うけど、まだまだいけると思うんですよね。だから次の目標をぼくが用意しないといけない。

個人をエンパワーする仕組み

——チームづくりという点では、以前に自身で経営していた数十名いた会社を解体して、個人を繋ぐような形態にシフトされています。チームをつくるときに水口さんが何をポイントとされているのか気になっているんです。

会社員という仕組みを辞めてしまったんですよね。会社員と呼ぶのも嫌だし、会社に属するというメンタリティも嫌だし。色々なやり方を試してきたんですが、クリエイターが会社員になった瞬間、いいことがなくなっちゃうんです。

家族ができたり子どもができたりしても、クリエイターって本当は4050歳になっても力は伸びていくはずなのに、会社員として組織に属した瞬間に何かが止まる感じがある。あとは個人が会社に溶けてしまう感じがあって。それはぼく自身が望むものではないんですよね。

 

——だから会社という形態にこだわるのではなく、個人同士の繋がりへシフトした、と。

例えばハリウッドを見ると、若い人から大ベテランまでいるけど、会社員として働いている人はほとんどいないんですよ。ユニバーサルやワーナーのような配給会社の人たちはクリエイターというよりプロデューサーやマーケターですから。クリエイターはフリーランスでやっている人たちの集まりだったりするんです。クリエイティブは個人がエンパワーされてこないと、本当に高いレベルでは戦っていけない。

ただ、レベルが上がってくればすごく効率はいいですよね。例えば30人でやっていたことが20人でできるようになったりする。自分を管理できればマネージャーもいらない。普通は組織が大きくなっていくにつれて間に入る人が増えて、コミュニケーションのロスが生まれて時間と手間がとてもかかります。人間的にもギスギスするし。

ぼくも自分のことは自分でやろうということで、アシスタントとか秘書をつけるのも辞めました。自分で管理できないスケジュールは結局破綻することがわかったので(笑)。そこまで詰め込んでも仕方がないし、もっとシンプルにやろうと。だから忙しいけど、昔感じていたようなストレスは全然ないです。

会社でも個人でもなく「ユニオン」

——会社員ではなくなることで、ストレスの大きさも変わってくるものですか?

全然違います。昔はなんでうまくいかないんだろう、なんで回らないんだろうと思っていました。自分はちゃんとやっているのにと、周りのせいにしてしまう自分がいるのも嫌でした。そうじゃない形はないのかと考えたときに、会社員である必要はない、連合体やユニオンのような状態になればいいと気づいたんです。ハリウッドだってその形でクリエイティブを維持しているわけだからできないはずがない、と。

 

——個人事務所という形をとらずに「Enhance」という法人形態をとられています。

ぼくらが何を “enhance”しようとしているのかといえば、経験を拡張しようとしているんです。だからこの先もVRからARMR、フューチャーラーニングとゲーム以外にも色々なことに挑戦したい気持ちがあります。そこでは法人として活動するし、そのためには資金調達も必要。色々なことを遂行するための仕組みや約束事が必要になったりもするんです。

だから個人事務所という選択肢はありませんでした。先程話していたのはあくまでも契約形態の話ですからね。Enhanceという会社と社員契約をすると100Enhanceのために仕事をしなきゃいけないから主従関係が生まれる。それは奴隷っぽいというか、主が個人じゃない。法人の影で個人性が消えてしまうのは駄目です。

一人ひとりが立ちつつ、Enhanceという法人が成り立つことは可能なはず。個人がエンパワーされた状態でひとつの目的をもった組織に集まってきてくれるのがいいと思うんです。個人ですべてをやろうとするとみんなで集まる理由が希薄になってしまいますから。みんなが目的に賛同して集まって、集合体の目的をみんなで遂行していけるのがいいですね。

PROFILE

水口哲也

米国法人エンハンス代表 / レゾネア代表 プロデュース作として、『セガラリー』(1994)、『スペースチャンネル5』(1999)、『Rez』(2001)、『ルミネス』(2004)、『Child of Eden』(2010)など。2016年には『Rez Infinite』をリリースし、米国The Game AwardのベストVRアワード(2016)を受賞。同年『Rez Infinite』の共感覚体験を全身に振動拡張する『シナスタジア・スーツ』を発表。 文化庁メディア芸術祭特別賞(2002)、欧州Ars Electoronicaインタラクティブアート部門名誉賞(2002)、2006年には全米プロデューサー協会(PGA)とHollywood Reporter誌が合同で選ぶ「Digital 50」(世界のデジタル・イノベイター50人)の1人に選出される。

取材・横石崇、市村光治良 写真/文・石神俊大

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