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映画監督・山戸結希が次世代のクリエイターに送った言葉とは?

Adobe “Make it! Student Creative Day” レポート

2019年2月6日アドビが主催する若者のクリエイティブ活動について共に考え、作り上げるイベントAdobe “Make it! Student Creative Day” が開催された。このイベントは高校生3組、大学生10人が約2週間で架空の映画のポスター制作し、イベント当日にプレゼンテーション。審査員と観客による投票によって優秀作品を選出するというものだ。グランプリ、準グランプリ、審査員特別賞、アドビ特別賞、高校生特別賞が設定されており、賞金やAdobe MAX 2019への招待券などが副賞として贈呈される。 発表当日、会場には高校生のチーム3組、個人で参加する大学生10人らの参加者と、50名超の観客が集まった。審査員を務めるのは、映画監督の山戸結希さん、アドビ エグゼクティブバイスプレジデント兼CMO アン・ルネスさん、アドビ クリエイティブインストラクター 名久井舞子さんの3名。初の試みとなる本イベントでは、どんな作品が発表されたのだろうか? 当日は参加者らのプレゼンテーションに加え、審査員を務めた山戸さんと京都造形芸術大学客員教授 酒井博基さんとのトークセッションが行われた。『あの娘が海辺で踊ってる』で鮮烈なデビューを果たし『おとぎ話みたい』『溺れるナイフ』など話題作を手がけた山戸さん。現在公開中の最新作『21世紀の女の子』の制作にまつわる話や、彼女の学生時代のエピソード、映画観などトークの話題は多岐に渡った。若手クリエイターの創作意欲を大いに刺激したその内容を中心に、Adobe “Make it! Student Creative Day” の模様をレポートする。

「個人の眼差しを、いかに社会と接続するか」クリエイターに求められるコンセプトの作り方

デザイナー、映像制作者にとって、アドビが提供する製品は欠かすことのできないツールとなった。かつては一部のプロにしか開かれていなかった多くの表現が、簡単に、安価に利用できるようになり、誰もが表現者となれる時代が訪れた。創作のためのツールが多くの人の手に渡った今、「クリエイターに問われているのは、各社会に対するまなざし、そして才能を信じきる愛」であると、審査員を務めた映画監督の山戸結希さんは話す。参加13組のプレゼンテーションを受け、これからのクリエイティブシーンを担う若い才能にエールを送った。

「“世界を変える映画のポスターをつくる”という難しいテーマに向かい合う中で、作品を産む喜びと苦しさの両方を感じたと思います。プレゼンテーション中に涙する人もいらっしゃいましたが、作品にかける切実な思いが伝わってきました。今日、審査員としてこの場に立たせていただきましたが、みなさんの作品を語る姿は、それぞれが一つのドキュメンタリー映画のようでした。架空の映画のポスターという題材でしたが、本当に、いくつもの作品が生まれていたように思います。」

グランプリを獲得した武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科4年梶川祐太郎さんの『AGAIN AND AGAIN』は、自身の恋愛観をベースに制作した作品。テーマとなった「世界を変える」という言葉を「自分自身の世界を変える」と解釈し、普遍的なテーマに落とし込み高いクリエイティブを実現した。
長岡造形大学視覚デザイン学科3年清水真実さんの作品『MOON COLLECTION』は、月を舞台に行われるファッションショーをテーマに据えた作品。未来を舞台にした脚本に合わせ、モーショングラフィックを用いた宣伝ビジュアルを作成した。意欲的に新しい表現方法に取り組んだことが評価され、アドビ審査員特別賞、準グランプリのダブル受賞となった。
高校生特別賞を受賞した品川女子学院の作品『ゆりかご戦争』は、クローンによって生まれた人間が同じクラスに在籍していたら…というSFのような大胆な設定。センシティブな題材だったこともあり、一つのビジュアルに落とし込む際にはチーム内でも熱い議論があったが、最終的には全員が一つの方向へ向かうことができたと話す。
山戸さんによる審査員特別賞を獲得した東京表現高等学院 MIICAチーム。思春期の高校生の性自認を題材にした映画『僕とか、私とか』の予告編を作成し、社会的に関心の高まるジェンダー問題と向かい合った。

今回、Adobe “Make it! Student Creative Day” の参加者に与えられた「世界を変える映画のポスターをつくる」というテーマは、山戸さん自身の発案によるもの。普遍的に、参加者全員がそれぞれに語る意義を見出せるものを選んだという。

高校生3組の作品は、クローンを題材としたもの、高校生の同性愛や性自認の問題を題材としたもの、不登校を題材にしたものなど、身近なモチーフに眼差しを向け、社会問題を取り扱う作品が出揃った。対して個人参加である大学生のメンバーは、個人の経験や内面を掘り下げ、社会に投げかけるクリエイティブが際立った。また、課題であったポスタービジュアルに加え、短い制作期間のなかで架空の映画のプロモーションビデオの制作や宣伝戦略を織り込んだプレゼンテーションを行う、熱意あふれる参加者の姿も目立った。

平等に与えられた短い時間の中で、どれだけ頭を働かせ、手を動かせたかがクリエイティブの強度を左右すると、山戸さんは続ける。

「制作において納期や物理的制限が与えられた時、奇跡のような作品が生み出せそうと取組むか、この条件は難しかったと手を抜いてしまうのかはクリエイティブにとって大きな分かれ道。シンプルにいえば頑張ったもの勝ちだと思うんです。こうしたコンペティションは一見才能が問われているように見えますが、その課題に対してどれだけ力を注げるかが重要ではないでしょうか。私自身、過去に参加した東京映画祭でもPFF(ぴあフィルムフェスティバル)でもグランプリは獲れませんでしたが、参加者の中で一番思考し、精神を絞り、魂をかけたのは自分だということは、常に思っていました。人生80年しかない中で、いくつの作品を世に送り出せるのか。肉体という制約がある限り、どれだけ本気で自分の作品と向かい合うことができるのかは常に問われ続けます。」

映画制作は大学時代の友達に巻き込まれるかたちで始めたという山戸さんだが、初めて作品をつくったその瞬間「こんな楽しい仕事があるんだ」と胸を躍らせ映画監督としてのキャリアに邁進することになった。現代を生きる女性たちの息遣いを繊細に描き出し、作品に昇華させている彼女の作品はどのような眼差しから生みだされるのだろうか。

『映画は芸術の中でも最も予算のかかる表現方法です。多くの人が関わる表現だということもあり、作品のコンセプトやテーマはある程度社会的な要求を取り入れなければならない部分もあります。映画監督として生きるのであれば、自分自身のテーマをどうやって社会と接続させるかは重要なポイントです。

しかし、自身の内面を無視しているわけではありません。与えられたテーマを自身の眼差しで解釈し、作品を撮る瞬間には誰よりもその対象を愛せるかというのが問われている。今日のテーマに関しても、“未来を変える”という大きなテーマのなかで、みなさんが『創るべき』と感じる対象をどうやって見つけてくるのかを知りたかったんです。』

 

おとぎ話 “COSMOS”|山戸さんが監督をしたおとぎ話『COSMOS』のミュージックビデオ

 

「才能を愛することができれば、誰でも映画監督になれる」

自身の学生時代を振り返り、「私が学生の頃にはこんなコンペティションはなかったし、もしこんなチャンスがあったなら絶対参加します。みなさんが羨ましいです」と優しい眼差しで言葉を紡いだ山戸さん。同じ道を目指す限り、この場所にいる学生たちは、この先何度も顔を合わせることになる。同じ時代を生きる仲間と出会えたことは、これからの創作には間違いなくプラスになるとエールを送った。

「若くしてこの場所で作品を発表した皆さんは、すでにスタートダッシュを切れているのではないでしょうか。この中にはいずれ大きな仕事を獲得し、結果を出す人もいるでしょう。もし、同世代の活躍を目にすることがあった時は、悔しさや嫉妬を燃やすのではなく、他人の表現によって、自分の思考実験を行うことができるとポジティブに考えた方が良いと思うんです。同じ時流を生き、同時代のカルチャーを吸収した人の表現は、必ず自身の創作の糧になります。Aをつくった彼、Bをつくった彼女がいるからこそ、違う表現を目指して自分はCを生み出すことができるんだと考えてみてはどうでしょうか。」

学生時代に初めて映画を製作し、映画監督としてキャリアを歩み始めた山戸さんだが、これまでの歩みに迷いはなかったのだろうか。「映画監督は天職だと思いますか?」という会場からの質問に、彼女はこう答えた。

「芸術を愛する心を持つ人なら誰でもなれるのが映画監督なんです。カメラを回す人や脚本書く人が違ってもいいんですよ。自分に才能があるかどうかは関係なくて、他者とつながる努力、才能を愛し切ることさえできれば、監督になれる。職業としておすすめしたいですね、映画監督。それに目に見えるもの、聞こえるもの、全てを作品に活かせることができる。あの人のデザインが素晴らしい、紡ぐ言葉が素晴らしいと思えば、色んな才能に寄り添うことができますし、映画につながっていく。そんな懐の大きさが映画表現にはあるんです」

映画というメディアが、これからの時代にできること。その可能性について、山戸さんは続ける。

「社会的にはこれからAIの時代が訪れると言われていますね。いずれ多くの問題が全て機械や情報で解消できると思うんです。だからこそ、クリエイターには機械が生み出せないものが求められるのではないでしょうか。今はインターネットで検索しても本当に知りたいことは書いてないし、抑圧とか、炎上とか、そういうものばかりが明らかになって、むしろネットの限界が露わになってきている。私はこれからは“AI”ではなく愛の時代になると思っていて。誰もが平等にものづくりをできるようになったとき、最後は人の想いとか、魂とか、機械には生み出せない愛が問われることになると思うんです」

その言葉を受け、会場からは「山戸さんがこれから撮りたいと思うテーマは?」という質問が飛んだ。

「私自身は、いつか学校の小学校で流れるような道徳のビデオが撮りたいと思っています。10代のとき、言ってはいけないものはなかったし、願ってはいけないものはなかった。何にでもなれた。そういう大事なことを教えてほしかったし、それを示せるようなメッセージを日本中に届けていきたいなと考えています」

全ての人に平等に創作の環境が整う社会をつくっていきたいという山戸さんの思いが語られ、トークセッションは幕を閉じた。

「クリエイティビティは社会に求められている」アドビ  CMO アン・ルネス氏のメッセージ

山戸さんによるトークセッションのあとは、アドビ エグゼクティブバイスプレジデント兼CMO(最高マーケティング責任者)であるアン・ルネスさんによる講演が行われた。その中で彼女が紹介したのは”Students Help Restore Hope In Paradise, California”というプロジェクト。2018年、大規模な山火事で壊滅的な被害を受けたカリフォルニア州パラダイス地区で、現地の高校生が音楽や映像、写真などクリエイティブの力を使ってコミュニティを奮い立たせた様子を収めたドキュメンタリーだ。

Adobe Student | Students Help Restore Hope In Paradise, California

 

これからの社会を生きる人々にとってクリエイティブがいかに重要であるか、そしてクリエイターがいかに社会と関わることができるか示した作品に、多くの参加者が勇気付けられた。

アン・ルネスさんの講演、表彰式の後には、今回の出品作品を鑑賞しながら交流会が行われた。審査員の山戸さんに加え、会場に訪れた多くのメディアや企業が参加し、それぞれの作品に対し暖かい声を送り合いながら会は幕を閉じた。

PROFILE

アン ルネス

アドビ エグゼクティブバイスプレジデント兼CMO(最高マーケティング責任者) アドビのコーポレートブランド、広報、全世界における統合マーケティング活動の責任者。 アドビのブランド拡大およびグローバルマーケティング活動に携わる。American Advertising Federationのアチーブメント殿堂入り、Business Insiderによる「世界で最も革新的なCMO」、Forbes による「世界で最も影響力のあるCMO」、また、AdWeek50による「マーケティング、メディア、テクノロジー全般で1年で最も活躍した役員」などの選出歴多数。2015年には、その年で最もクリエイティブな人々を称えるAd Ageの「The Creativity 50」に選出された。若い世代のCreativity育成に関する活動を公私において非常に重要視している。

PROFILE

山戸結希

映画監督  映画『21世紀の女の子』企画・プロデュース・監督 2012年、『あの娘が海辺で踊ってる』でデビュー。2016年、小松菜奈・菅田将暉W主演の長篇『溺れるナイフ』が全国ロードショー、興行収入7億円を突破、述べ60万人以上を動員。RADWIMPS、乃木坂46、Little Glee Monster、DAOKOら多数アーティストのミュージックビデオの映像監督を務め、大手企業の広告映像も手掛ける。2018年、『21世紀の女の子』の企画・プロデュースを発表。2019年、東映配給作品『ホットギミック』の公開を控える。

写真・池本史彦 編集/文・高橋直貴

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