「クレジットは財産だ」をステートメントに“クリエイターのためのクレジットデータベースサービス”としてリニューアルしたBAUS。リニューアルに合わせて、これまでオープンに議論される機会が少なかった、クレジットが持つ可能性について業界の様々な人に意見を訊いていく企画「ブレイクスルー・クレジットストーリー」がスタート。記念すべき第一回目のインタビュイーは、PARTY代表の伊藤直樹さんです。
フリーランスが増えていく日本で高まるクレジットの重要性
ーーPARTYのHPで公開されているクレジットは限りなくフルクレジットに近い状態ですよね。自社にとどまらず、代理店からフリーランスまで関わった人が数多く記載されています。
クレジット、なんでみんな公開しないんですかね?
ーー大きなプロジェクトほど確認作業が煩雑で、特に画像など権利関係が複雑なことが要因かもしれません。
確かに、PARTYのクレジットもクライアントや関係者への確認は凄く大変です。時間も、人も必要で。でも、全てのステークホルダーにとってフェアであるというのはクリエイティブにとっては凄く重要なことなので、手を抜かずにやっています。誰が制作したかを隠してブランディングしていく昭和的なやり方もありますけど、もはやそんな時代ではないと思うんですよね。
ーー直クライアントじゃないと難しいという声もあります。
クレジットを代理店が前に出るように序列するのも、前時代的ですよね。プロダクションの中にはエージェンシーと仕事をしたがらない人も一部にはいるし、その気持ちはよくわかります。僕は、クレジットはフェアに公表すべきだと思います。クレジットされることで、それぞれの次の仕事にも繋がるので、出したくないって人ほとんどいないじゃないですか。クリエイターのことを考えてちゃんと公開したらみんな喜んでくれるはずなのに不思議ですね。
まあ一方で、肩書きが時代とともに増えてきたり、職能の境界線も曖昧になってきた側面もあって。クレジットの定義はプロジェクトに関わった人じゃないとわからないし、ある程度定義づけされていないと、意味を持たなくなるので、その辺りは注意を払わなければいけないとは思うんですけど。
ーー映画はエンドロールで多くのスタッフのクレジットを流しますよね。PARTYのクレジットにはそれに近いものを感じたのですが、映画からの影響はありますか?
ありますね。一見何をしているか分かりにくい形でクレジットされている人もいますが、全ての仕事はそういう人の貢献無くしては形にならないものなんですよね。企業や多くのフリーランスの人たちが一つのチームとなってつくる映画において、クレジットはそれぞれの貢献内容を示すものとして存在しています。第三者が目にした時「この人はこの作品のこの部分を担える実力があるんだ」という信用になる。語源を考えても“クレジット”は「信用」という意味があります。クリエイターにとっては仕事のポートフォリオにもなるので、そこに記名があるという事実は大事ですよね。
ーーそれこそ、ハリウッドでフリーランス化が進み、個々の仕事の履歴をちゃんと残すためにクレジット文化が盛んになったと言いますしね。
日本でもフリーランスのクリエイターは増えていますよね。もちろんチームのクリエイティブの価値が下がるわけではありませんが、固定化されたチームではなく優秀な個人が離合集散してプロジェクト毎に仕事をしているのは良い流れだと思います。だからこそ、クレジットを整備していくのは重要だし、そうでないとフリーランスの人が浮かばれない社会になってしまう。つまり、極端な話、忍者みたいに表に出てこない存在になってしまいますから。バラバラの個人でも、集まればいい仕事ができる。今の世の中はそうした方向にものづくりのあり方がシフトしています。
未知の領域へのチャレンジがクリエイティブをジャンプさせる
ーー伊藤さん自身のクレジットの話も伺いたいのですが、長らくPARTYでCDを務めると同時に、最近ではリニューアルされた『WIRED』のCDにも就任されています。メディアにおけるCDは、肩書きとしては珍しいもののように感じます。
これは編集長の松島倫明さんの発想なのですが、斬新ですよね。僕が知るメディアのCDの仕事は、誌面のデザインだけをするのではなくもっと広い視点からメディアづくりをすること、でしょうか。例えば『Monocle』ファウンダーでありCDのタイラー・ブリュレ(Tyler Brûlé)は、誌面のクリエイティブはもちろん、メディアを通して企業と企業を引き合わせ、インキュベーションを行ってるんですよね。僕に依頼がきたというのは、『WIRED』の目指すヴィジョンを達成するためビジュアルデザインだけでは事足りないという意識が、松島さんの中にあったということだと理解しています。
雑誌の誌面だけではなく、WEBやイベント含め全体を見ながら形にしていくのがCDの仕事なので、当たり前ですが、多くのジャンルのクリエイティブをカバーしなければいけません。だから誰よりも腕のいいライター、編集者、コピーライターを知っていなければならないですし、モーショングラフィックのクリエイターやPMも同様に仲間にしていかなければいけない。キュレーターとして、いかに最適かつ有能な人をアサインできるかという能力がCDとして必要なスキルの一つですよね。それを人に任せるのはCDではないと思います。
ーー伊藤さんは、どうやって新しい才能と出会っているのでしょうか?
人から聞くのはもちろんですし、『コマーシャルフォト』『ブレーン』のような雑誌は目を通しています。小まめにクレジットを確認するだけでも価値があると思いますよ。
あと、僕はその人がやってきた仕事の領域を超えてもらうことが、クリエイティブをジャンプさせると思っているんです。カメラマンを映像ディレクターとして起用したり、雑誌しか撮ったことのないカメラマンに広告の撮影をお願いしたりします。
ーーそうしたキャスティングにはどんな意図があるのですか?
他の分野からクリエイティブの方法論を持ち込んでくれるので、新しいワークフローや作品への落とし込み方が生まれるんです。例えば『WIRED』だと、グラフィックチームにエンジニアを入れてみたりとか。次号の記事ではかなり過激なことをしていて、東大の脳神経外科の研究室が公開した3DCGデータを元にビジュアルをつくっていっているんです。
グラフィックデザイナーは3DCGデータを扱えないので、まずエンジニアがグラフィックの元となる素材を作って、デザイナーがクラフトとしての精度を上げていくというように、ワークフローを階層化しているんですね。こうしたワークフローをつくることもCDの仕事ですね。
もともと『WIRED』には「リアルとヴァーチャルの境界を無くす」というコンセプトがあるんです。言葉の意味としても“WIRED”には「神経過敏な状態」という意味合いもあります。誌面を通じて、読者を触発するような状態を作り出したい。そのために、自分たちが領域を溶かし新しいものに挑んでいるところです。
クレジットの民主化により個のクリエイターの可能性が開かれる
ーーPARTYでは海外案件も多く手がけられているかと思いますが、日本と海外でどんな違いがあるのでしょうか?
欧米の広告エージェンシーの仕事だと、日本よりも予算の規模が大きく、人数も多いのでワークフローが標準化されているという違いがありますね。中でも大きいプロジェクトだと、まず、社内でいくつかのチームでピッチが行われます。仮に4チームあれば、それだけでCDは4人必要とされますし、1チーム5人ならそれだけで20名以上になりますよね。だからこそ、組織の中で個人が頭角を現すのは難しい部分もあるかもしれません。ただ、このやり方自体がエージェンシーのポテンシャルだし、クオリティを上げる一つの仕組みとして機能しているとも言えます。
ーーなるほど。逆に日本の方が個が立ちやすいという側面もありますか?
欧米の状況と比べると、日本はチームの規模が小さかったり、制作のワークフローが標準化されていないカオスな部分もありますが、反面、異変が起きやすく個人にとってはチャンスが与えられた環境とは言えるかもしれません。比較的領域を超えていくことも容易だと思いますし、いちデザイナーのアイデアや作品がクリエイティブディレクターを超えてフックアップされることもある。これは「リープフロッグ(一足飛び)」といわれるのですが、これまでは当たり前とされていた階層を超えて世に出ていける環境が、次第に整ってきているんじゃないかと。腕に自信のある若いクリエイターが一足飛びに駆け上がっていけた方が、個人にとっても業界にとってもプラスになると思います。
ーー日本のクリエイターにとっては、良い時代が来ていると。ただ、ことクレジットについてはまだまだ会社が主導権を握っていて、個々のクリエイターのためにという思考に振り切れているところは少ないのかなと思います。クレジット公開に伴う人材流出の懸念も根強く存在していますし。
もちろんその心配はわかりますが、それはフェアじゃないですよね。それは本来的には個人にとっては良いことですし、会社はそれを止める権利なんてないんですよ。だからこそ企業は、優秀なクリエイターに選ばれる存在でなければいけないというプレッシャーにさらされるべきですし、人材の流動性が高まっても常にフレッシュで優秀な人材を探し続けなきゃいけないんですよ。
ーー新しいBAUSのサービスでは「クレジットは財産だ」という言葉をサービスのステートメントにしています。
いいことですね。それはつまり、クリエイターの権利を民主化するということですよね。私としては個が報われるクリエイティブ業界の方が絶対に健全だと思いますし、その流れを促進するサービスの登場は楽しみですね。
CREDIT
Editor/Writer:Naoki Takahashi, Koujirou Ichimura (BAUS)
Photographer:Yutaro Tagawa
interviewer:Takashi Yokoishi (&Co.), Naoki Takahashi
Interviewee:Naoki Ito (PARTY)
Director:Koujirou Ichimura (BAUS)
Special Thanks:Suno Nishiyama (PARTY)