PARTYやバードマン、カイブツやバスキュールなどのプロジェクトを中心に、イベントやキャンペーンサイトへ音楽を提供する伊藤忠之さん。ゲーム音楽に出自を持ちつつも、リアルイベントやCM、スマホアプリなどどんなジャンル・メディアにも対応する得意分野の広さから、多くのクリエイターから信頼を得ています。そんな伊藤さんに、第一線で活躍するのクリエイターから受けた印象的なディレクション、実際に発注を受ける際のポイント、今後の展望を伺いました。
プログラミングという魔法で世界を変える「テクノロジア魔法学校」への音楽提供
——机の上に置かれているのは、ディズニー・プログラミング学習教材「テクノロジア魔法学校」ですね! 実物は初めてみました。
伊藤さん:ディズニーキャラクターと一緒にプログラミングを学べる教材で、音楽を担当させてもらいました。運営元のLife is Tech!さんが商品発表会の時に、脚本やイラストの方と同じ扱いで「音楽:伊藤忠之」!ってドンと出してくれて、それはすごくうれしかったですね。
——どんな仕組みなんですか?
伊藤さん:魔法学校の世界に入り込んでディズニーキャラクターたちと関わり合いながら、「プログラミング」という魔法によって世界を変えていく筋立てですね。「プログラミングの力で魔法のじゅうたんを自由自在に動かせるようにして、アラジンをピンチから救ってあげよう!」みたいな。魔法の代わりに、プログラミングをするという感じです。主人公がディズニーの世界に入り込むという設定なので、より強い没入感を得てもらえるように、音楽と効果音をつけています。
——効果音で、体験が大きく変わりそうです。
伊藤さん:そうなんですよ。ゲームの音を作るときなんかもそうなんですが、ドアを開ける音ひとつとっても、現代の普通の「家のドアが開く音」だとぜんぜん雰囲気が出なくて。いま主人公がいる世界や時代に合った音を、ドアの素材や重さに合わせていかないといけなくて。そういう作業が、すごく面白いですね。
リアル脱出ゲーム『宇宙兄弟』コラボ、編集者に言われた「命のやりとりをしましょう」
——Life is Tech!以外にも、SCRAP、バードマン、バスキュール、PARTYと、勢いのある会社とのお仕事がたくさんありますね。
伊藤さん:きっかけは全部、SCRAPというか、加藤くんなんです
——リアル脱出ゲームを作った、SCRAPの社長の加藤隆生さんですね。 どういったご関係だったんでしょうか?
伊藤さん:ちょっと長くなりますが。
——ぜひ、聴かせてください。
伊藤さん:元々彼とは、京都で組んでいた同じバンドのメンバーだったんです。「ロボピッチャー」というバンドで、一応メジャーデビューもしました。その頃の加藤くんはまだリアル脱出ゲームをひらめいていなかったのですが、イベントは頻繁にやっていて、それに音楽をつけたり、彼が懇意にしていた劇団「ヨーロッパ企画」の劇伴をやらせてもらったりもしていました。なかなかバンドがうまくいかずに活動が停滞し始めていたころに、彼がリアル脱出ゲームを発明して。そのほぼすべての作品の音楽をやらせてもらうようになりました。そこからですね、一気にお付き合いが広がったのは。
——これまでお仕事された方の中で、特に印象に残っている人はいますか?
伊藤さん:みんな本当にすごいんですよ。ひとりにはとても絞れない。
——そこをなんとか、お願いします。
伊藤さん:そうですね……。『宇宙兄弟』をテーマにしたリアル脱出ゲームに音楽をつけたことがありました。そのとき、編集者の佐渡島庸平さん(株式会社コルク代表)にはじめてお会いして「(このゲームでは)命のやりとりをしましょう」と言われたのが、すごく印象に残っています。打ち合わせでそう言われた時に、フッと酸素がなくなったんですよね、自分の中で。あ、本当に苦しい。じゃあそのときどんな景色が見えるか。どんな色が見えて、どんな匂いがして、どんな音楽が流れるかっていうのがその言葉一つで、全部その瞬間に出来上がってしまった。
——「こういうのを作って欲しい」と言われずとも?
伊藤さん:そうなんですよ。それを言われずとも、お客さんにどんな感情をもたらすべきなのかを体験させてもらったんです。たった一言なんですけど、それによって今までできなかった自分でも想像しなかったような心が動くエンディングテーマが作れたんですよね。それが自分の作曲人生でもターニングポイントで。「この曲が作れたら、多分この先も大丈夫だろう」と思えました。
——そこまでのインパクトがあったんですね!
伊藤さん:PARTYの中村洋基さんも、すごくディレクションが上手ですね。僕の好きそうな音楽をガンガン聴かせてくれて、「これを聴いたときと似た気持ちになって、これ以上にいいやつお願いします!」と言われるんです。その好みの把握が心憎いし、期待が嬉しいですよね。おかげで、リアル脱出ゲームのオンライン版である「REGAME」という作品ではいい曲がたくさん作れました。東京にはすごい人がいるもんだと思っているうちに、そのあといくつも中村さんからお仕事いただけて。一時期は、熱病にかかったようにずっと一緒にやってました。
——そういう人たちとの交流が、生まれてこのかたずっと京都在住だった伊藤さんを上京に駆り立てた側面もあるんでしょうか?
伊藤さん:側面ていうか、全面ですね。佐渡島さんや中村さん、バードマンのROYさんやバスキュールの馬場さんもそうですけど、この人たちと一刻も早く物理的距離を詰めなきゃと思って上京しました。もちろん、加藤くんがいたというのは大前提で。
仕事の発注はあいまいでやわらかくてもOK、音楽とチームが有機的につながる
——伊藤さんのお仕事は、素人からすると手順がよく見えないところがあると思うんです。それこそ、プロジェクトのどのタイミングでお呼びすればいいのか、とか。
伊藤さん:タイミングは、早いほどうれしいですね。手を動かすのはいろいろ固まってからになりますけど、まだ企画があいまいでやわらかい状態から入れた方が、音楽とチームが有機的につながる感じがして楽しいです。
——どんな発注をすればいいんでしょうか? デザイナーさんの中には「こんな感じのデザインを」といわれるとテンションの下がる方もいらっしゃると聞きます。音楽の場合は、どうですか?
伊藤さん:どんな方法でも大丈夫です。先ほどの佐渡島さんのように、プロジェクト全体のテーマを大きく提示していただければその中で何ができるかを考えます。中村さんのように何かとっかかりとなる音楽がすでにあれば、そこを起点に考えます。ただ、例としてオーケストラ演奏の曲を出されると、ちょっとだけ困ります(笑)。
——どうしてですか?
伊藤さん:生演奏じゃないと出せないニュアンスがあるからです。ぼくは基本、パソコン上で音楽を作っていくんですね。「この楽器のこの音を入れる」みたいな感じで、プログラミングのように曲を作っていきます。そうやって作った曲を、そのままパソコンなどのデジタル機器で鳴らすのと、生演奏して録音して流すのとでは、まったく仕上がりが違ってくるんです。
——これだけデジタルが進化しても、そうなんですね。
伊藤さん:一般的なデジタルの音って、MIDIという形式で作られていて、それには128段階のグラデーションがあるんですよね。たくさんに聞こえると思うんですけど、生の楽器が見せる表情のことを思うと全く足りてないんです。
——毎回生演奏で録音するわけにはいかないんですか?
伊藤さん:時間や予算との兼ね合いでいつも出来るというわけではないので、「今回、生演奏いけます!」と言われると喜びます。2013年のトヨタさんのお仕事はそうでした。「FV2」というコンセプトカーのお披露目に音楽をつける案件で。「今回、生演奏いけます!」と言われてめちゃくちゃテンション上がりました。しかも、会議で候補に挙がっていたミュージシャンの方が、ぼくがずっと好きだった、それこそお仕事するのを目標にしていたぐらいの方だったんです。本田雅人さんというサックス奏者の方なんですけど、演奏のクセから何から把握しすぎて、出していただいた音が100パーセントイメージ通り。感動しました。
——今後、やってみたい仕事はありますか?
伊藤さん:前例がないものがやりたいですね。いつも常にゼロから考えたいというのが僕の願いです。なんとなく音をいれるんじゃなくて、どんな音を入れたらマイナスになったりプラスになったりするのか。そもそもの音のありなしから考えていけるような仕事を、どんどんやっていけたらと思います。「こんなことを考えているんですが、音で何ができますか?」というような相談がもらえたら、いちばんうれしいです。
PROFILE
伊藤忠之
作曲家・編曲家・サウンドデザイナー。 10歳からコンピュータを使った映像音楽や効果音の制作を始め、現在に至るまで継続。体験者の感情を動かすサウンドデザインを最大の武器とし、『リアル脱出ゲーム』をはじめとする体験型イベントや、企業キャンペーン/TV番組/映画/CM/舞台公演などに多数の楽曲や効果音を提供している。