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テープ起こしの達人から学ぶ、コンテンツの質を高めるために必要な編集術

若柳宮音筆の会(若林恵、柳樂光隆、宮田文久)×サクラバ姉妹(桜庭夕子、桜庭久美子)

「インタビューがわからない」「その人選はどうなの」など、編集者・ライターにとって避けて通ることのできないテーマを軸に、元WIRED編集長の若林恵さん、音楽評論家の柳樂光隆さん、編集者・宮田文久さんが白熱した議論を行うサロン「若柳宮音筆の会」。2018年7月15日に開催された特別講では、インタビューの書き起こしを専門にする“サクラバ姉妹”をゲストに、テープ起こしの奥義を探った。実はこのユニット、宮田さんがかつて勤めていた出版社で、その技術力の高さから伝説的な存在になっていたそう。ただ音声を書き起こすだけなのに何がそこまで違うのだろうか。約3時間にわたって繰り広げられた会話を通じて見えてきたものとは?

若柳宮を唸らせた、サクラバ姉妹のテープ起こしの技術

“正体不明のテープ起こしユニット”そんな魅惑のフレーズに、好奇心旺盛な参加者たちの期待は大きく膨らんでいた。「どんなすごいテープ起こしの技術を持っているのだろう?」そんな心の声が聞こえてきそうなほどだった。開始時間を少し過ぎた頃、若柳宮の3人に迎えられる形で入場してきたのは、若干の年齢差が見受けられる静かな佇まいの女性二人組だった。自ら多くを語ることのなさそうなサクラバ姉妹を前に、若林さんがはっきりとした口調で切り出した。

若林さん:4月に開催した「テープ起こしはできない」の回で、宮田くんから文藝春秋に在籍していた頃にすごいテープ起こしのプロがいるという話を聞きました。そもそも、本当に存在するのか、AIなんじゃないかとかいう話もあった。

宮田さん:実は僕もお会いしたことがないんです。編集部の面々もメールのやり取りが基本なので。

若林さん:今日は実際にお越しいただいてます。早速ですが、自己紹介をお願いしてもよろしいでしょうか。

夕子さん:私が姉の…ではなく、本当は母の桜庭夕子と申します。

久美子さん:娘の桜庭久美子です。

若林さん:というわけで、姉妹ではないんですよね?

夕子さん:署名に「桜庭夕子・桜庭久美子」と書いていたからだと思うのですが、一度も姉妹だと名乗ったことはありませんので(笑)。

若林さん:うっかりすると、お母さんが無理矢理名乗ってるんじゃないか、みたいに思われちゃいますもんね。ちなみに、お母さんは何年くらいテープ起こしを専門にしていらっしゃるんですか?

夕子さん:約25年です。家庭の都合で一度休止していたのですが、娘がこの仕事を専業としていくというので、各出版社に営業の手紙をお送りしたんです。そのときに文藝春秋のある編集者さんからお返事をもらい、お付き合いが始まりました。今でも忘れられないくらい嬉しかったです。

若林さん:久美子さんはそれまで他のお仕事をされていたんですか?

久美子さん:いえ、テープ起こし以外はやったことがないんです。

柳樂さん:となると、どんな帝王学を学ばれてるか気になりますね。

宮田さん:今日は、実際に二人のテープ起こしを見ていただいた方が早いと思って、僕がお願いしたものを持ってきました。ある料理研究家の方が参加した座談の書き起こしなんですが、素晴らしいのは、彼の関西弁の生っぽさと整え具合のバランスです。

若林さん:関西弁って喋りの癖がすごくありますよね。でも、そのまま全部起こすわけではないと。

宮田さん:あらためて読んでみて、何を整えて、何を整えないかの感覚をどうされてるのかがすごく気になりました。

夕子さん:どういった媒体に載るのか、そして編集者さんが何を求めているのかをすごく考えますね。座談形式のものであれば、一人語りになるわけがないだろうと思い、お互いのやり取りを活かす形で仕上げます。でも、それが政治家のインタビューであれば、あまり砕けた口調にしないように心がけますね。例えば「やっぱ」といった言葉を使っていても、そのまま載るわけがないだろうとばっさりとカットしています。

若林さん:版元によってテイストを変えることもあるんですか?

久美子さん:版元というよりは、インタビュイーによって変えています。芸能人やスポーツ選手、作家でしたら、本人らしさが必要かなと思って口調をそのまま残します。それが政治家や学者であれば、ですます調に整えて。

若林さん:二人がテープ起こしをした原稿は充実度が違いますね。

柳樂さん:もう完成品ですよね。僕も若いライターにテープ起こしをお願いすることがあるのですが、雑というか、これだったら自分でやった方がいいなと思うことが多くて。でも、このクオリティのものが来るなら頼む価値はありますよ。

宮田さん:二人の起こしは、読むだけで「もうこれは文章を構成できるな」って確信できるんですよね。

サクラバ姉妹が持つテープ起こしの技術

“サクラバ姉妹”が手がけたテープ起こしのクオリティに、驚嘆する若柳宮の3人と会場に詰め掛けた参加者たち。しばしの休憩を挟んだ後は、会場からの質問を交えながら、さらにテープ起こしの真髄を探っていくことになった。まず上がったのが、テープ起こしの技術についての質問。

夕子さん:前提として、二人ともブラインドタッチが相当早いと思います。特に久美子はすごくて、その差は何だろうなと考えてみると、テープ音源の内容を頭で保有できる量が圧倒的に多いんじゃないかと。あるとき動画を撮影したことがあるのですが、本当に指が止まってる時間がないんですよ。私には真似できないと思いました。

若林さん:テープ起こしをするときに語順を入れ替えることもありますよね。それもやりながら?

久美子さん:はい。初めたばかりの頃は、一度起こしてから見直して整えていたのですが、いつの間にか音声を聞きながらできるようになりました。今は、耳で聞きつつ、手で文字を起こし、頭で次の文の語順を組み立てている感じです。

柳樂さん:優秀な通訳者って、耳で聞きながら言葉をうまく整えて喋ってるじゃないですか。それに近いですよね。

若林さん:確かに。同時通訳っぽい頭の使い方かもしれない。

久美子さん:ときどき友人と喋ってると頭の中で勝手に「ここ倒置だな」みたいに編集してしまうことがあって。完全に職業病ですよね。

若林さん:マジか。

宮田さん:今の若林さんの「マジか」も多分消されているんでしょうね(笑)。

若林さん:さっき宮田くんが紹介してくれた料理研究家の起こし原稿も「思ったらできへんですよ。絶対できないですよ。」と書いてあるんだけど、最初に関西弁で言ってからもう一回標準語で言い直しているじゃない? そのバランス感覚がすごい。

柳樂さん:「。」じゃなくて「、」でもいいわけですもんね。それをあえて句点で切ってるんですね。

若林さん:そうすると言い切った感じが出るわけですよ。

夕子さん:音声を聞いていると「けれども」を果てしなく続けていく方もいるんですけれど、どこかで「です」って切ってしまうとか、「けれども」を一回使ったら次は「でも」にして読みやすくなるように気をつけていますね。

若林さん:それって、論理構成をきちんと把握しなければできないじゃないですか。つまり、ここは「けれども」で繋いでるけれど意味的には逆説じゃない。でも、次の「けれども」は本当に「けれども」になっている、という道筋を理解したうえで作業しないと論旨が成り立たなくなると思うんですよ。特に話し言葉だと曖昧なままでも伝わることがあるので、文字に起こすときには肯定してるのか、否定してるのかを音源を起こす人が理解する必要があるんだよね。

宮田さん:パッと見た瞬間に原稿にいけるなと思えるのは、そこの論旨がちゃんと組まれてるからかもしれないですね。

業界を支える職能を持つ人にスポットを当てる重要性

担当した原稿が雑誌や書籍として発売されても、ほとんど表に出ることがない存在の二人。しかし、そのクオリティに対して異論を唱える参加者は誰もいなかった。そして、彼女たちのように素晴らしい仕事をしている「裏方」がもっと報われてもいいはずでは? という空気が会場に漂う。そんな中で「テープ起こしをするものがどうすれば単価を上げることができると思いますか?」という問いが参加者から投げかけられた。

久美子さん:実は、今いちばん悩んでるところです。

夕子さん:内税から外税にしようかとか話してるんですけど、それすら大丈夫かなと心配してます。

宮田さん:二人にお願いするとここが違いますよってことをどう伝えるかですよね。

若林さん:他の業者さんの起こしを見る機会ってないんですか?

夕子さん:ないですね。

若林さん:難しいとは思うんだよ。テープ起こしの原稿って表に出ないからアウトプットに対して責任を負ってる訳でもないじゃないですか。

宮田さん:自分たちで録った素材によるポートフォリオを作ったりして、テープ起こしの最高峰はこれだよっていうのを可視化するといいかもしれないですね。

若林さん:後は版元がちゃんとクレジットしようよって話はあるよね。

夕子さん:あるとき、本の最後にスペシャルサンクスとして名前が入ったときはすごく嬉しかったですね。あと今回のような機会をいただけたことも驚きました。人生において想定していなかったことです。

若林さん:僕は常日頃から言ってるんだけど、グラミー賞の部門数ってものすごい数があるわけ。確か130くらいかな。あまり知られてないんだけど、ベストライナーノーツとかベストグラフィックデザインとかもあるのね。業界を支える職能を持つ人にスポットを当てていて、すごくいいなと思うんですよ。出版業界にしたって、印刷する人とか校閲する人とか、いろんな職種の人がいるわけじゃないですか。それで全体としてのパブリッシングというエコシステムが成り立っているわけじゃん? だから、クレジットに名前を載せるってことはやったほうがよくて。

柳樂さん:僕が制作している『Jazz the New Chapter』では、テープ起こしを手伝ってくれたライターさんの名前を編集か編集協力として入れるようにしていますよ。ただ、まだ表記の仕方が固まってないっていう問題もあるのかなと。インタビュー、構成、翻訳の隣にあってもいいとは思いますけどね。

若林さん:海外のメディアでは「transscription」っていう肩書きでクレジットされてるのを見たことあるよ。

宮田さん:ちなみに、さっき拝見したところ二人の名刺はテープリライターってなってましたね。

若林さん:それはちょっとメッセージありますね。リライトするんだっていう。この場で二人に仕事をお願いしようと考えている人は、ぜひクレジットに入れてほしい。そうやって可視化されることで単価が上がっていくこともあり得るかもしれないし。

文芸としてのテープ起こし

参加者を巻き込んだ白熱のセッションも終盤。「AIの発展によってテープ起こしを自動でできるようになったらどうするか」という参加者からの質問を受けて、本会を総括するように若林さんが熱弁したのは、テープ起こしに内在する文芸という側面だった。

若林さん:宮田くんは音声入力でテープ起こしをやったことある?

宮田さん:ありましたけど、二人のクオリティの1/100にしかならなかったです。

夕子さん:私自身、いつか音声入力に負ける時代が来るかもしれないなと思ったこともあります。実際、音声入力で書ける原稿もたくさんありますから。でも、食事をしながらのモゴモゴした音声とかをきちんと聞き取ったりすることは難しいと思うんです。だから、まだ人が介在していく余地はあるのではないかと感じています。

若林さん:これって実は、AIが話を正確に聞き取れるかってどうでもいいことのような気がするのよ。誰が何を喋ったということを記録した議事録と、二人の仕事が同じ価値なのかっていう問題と同じじゃない? 極端に言うと、人がどうやって手を加えてアートに仕立てるかということだと思うわけ。例えばニューヨーカーのような雑誌を見ると、ジャーナリズムが小説とか詩とかと並列して載っているわけ。つまり、ジャーナリズムを文芸と見なしてるんです。そこから考えると、二人のテープ起こしにも、一種の文芸的なコンテクストが常にあると思うんだよね。

宮田さん:「世の中でいちばん偉いのは詩人だ」っていう話を若林さんが常々されるじゃないですか。そういう意味では、この界隈でいちばんピックアップされるべきなのは、ある意味で詩人としてのテープ起こしなんじゃないかと感じました。

こうして約3時間に及ぶ座談は終了した。単縦作業のように考えられることの多いテープ起こしだが、編集的視点で考察していくとさまざまな発見がある。本会を通じて、その一端を垣間見ることができた。そして、サクラバ姉妹には万雷の拍手が送られた。

PROFILE

若柳宮音筆の会

世の中にいくら面白い出来事や動向がたくさんあっても、それを書きとめ定着する人がいなければ、それは社会のものとはならず、文化にもならない。ジャーナリスト、編集者の立場から、そうした仕事に携わる人たちの極端な人員不足とそれに伴う仕事の劣化を憂えてきた柳樂光隆と若林恵が、気鋭の編集者・宮田文久を迎え、来るべき編集者やライター、ジャーナリストを活気づけるために立ち上げた勉強会、というかサロン。のようなもの。不定期開催。

PROFILE

若林恵

1971年生まれ。編集者。ロンドン、ニューヨークで幼少期を過ごす。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業後、平凡社入社、『月刊太陽』編集部所属。2000年にフリー編集者として独立。2012年に『WIRED』日本版編集長就任、2017年退任。2018年、黒鳥社(blkswn publishers)設立。著書『さよなら未来』(岩波書店)。

PROFILE

柳樂光隆

1979年、島根・出雲生まれ。音楽評論家。『MILES:Reimagined』、21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本「Jazz The New Chapter」シリーズ監修者。共著に後藤雅洋、村井康司との鼎談集『100年のジャズを聴く』など。

PROFILE

宮田文久

1985年、神奈川・横浜生まれ。フリーランス編集者。株式会社文藝春秋入社後、『週刊文春』文化欄、『Number』『Number Do』で7年半の雑誌編集生活をおくる。2016年夏に独立。翌年に短編小説アンソロジー『走る?』を編集。

PROFILE

サクラバ姉妹

桜庭夕子さん、桜庭久美子さんの母娘。週刊誌や雑誌で政治家や著名人のインタビューのテープ起こしを一手に担っている。

文・市村光治良 編集・村上広大 写真提供:Yuri Manabe

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