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これからのランニングカルチャーをつくるために。『走るひと』の決断

上田唯人(走るひと)

走ることではなく、走るひとにフォーカスした雑誌『走るひと』。2014年5月の創刊以来、既存のランニング雑誌にはないテーマと切り口でこれまでに6号発行し、着実に読者を増やしてきた。発行したばかりの最新号『走るひと6』は、Amazonでベストセラー1位を獲得したことを皮切りに全国書店で品薄状態となり、現在はネット上で高額で取引されるなど入手困難な状況が続いている。そんな読者の熱狂を背に受け、2019年には年1回から年2回の発行に切り替えるという。雑誌不況が叫ばれる中で、なぜ『走るひと』はこれほどまでに攻めることができるのだろうか。編集長で発行人である上田唯人さんに聞いた。


走る理由は、走ること以外を突き詰めていかないとわからない

——上田さんは2014年に『走るひと』をつくる以前に編集経験はあったのでしょうか?

上田さん:いえ、初めてつくった雑誌が『走るひと』でした。だから、最初は何も知らなくて。その頃から比べると、編集についても出版ビジネスについてもたくさん学びました。

 

——師匠のようなひともいなかったんですか?

上田さん:そうですね。いろんなひとに手助けしてもらったりはしましたが、編集に関してなにか教えを受けたことはないですね。知識がないぶん苦手意識もなかったので、一つずつ考えながらやっていこうと。あとスポーツ業界には、ファッションや音楽のような他のジャンルと比べると不十分だと思うことが明確にあったから。足りていない部分をどう埋めていくかを考えているうちに、自ずとやることが決まっていきました。

——自分がやりたいことを目指しているうちに課題が浮き彫りになったと。

上田さん:やりたいことでもあるけど、あるべき状態を想像したら現状との間に明らかに差分があったという感じです。例えば、当時は若い女性で走っているひとって今よりもっと少なかったんです。もちろん、みんなが走る必要はないからそれでもいいんです。ただ、何か障壁があって、自分の意思以外のところ──制度とかイメージとか──が原因となってランニングの良さに気づいていないとしたら、それはもったいないなと。

——上田さんは、『走るひと』を通じて生き方を伝えていきたいのかなと勝手ながら思っていました。そういった考えはありますか?

上田さん:結果的に読者の行動に影響を与えられれば嬉しいですが、それを狙ってつくるわけではなくて、そもそもプロのアスリートではない普通のひとが走るとしたら、何か理由があると思うんです。それを深掘りしていきたいということです。走らなくても別に何も問題にならないと思いますが、彼らは走っている。「やる必要がない」と思えることをやってるひとの「やる理由」を突き止めることができれば、他の誰かにとっても何かしら意味のある情報になるのではないかという感じです。走る必要がないひとが走っているから理由を聞きたくなる。で、そういう話は必ず、これまで「どういう風に考えて、何を選んで、どう生きてきたか」ということに及んでいく。

 

——自ずとメタ視点になると。

上田さん:一般的なランニングの専門誌って、当然走ることについて書いているんですけど、でも、走ることが前提じゃないひとには、その内容は伝わりにくいじゃないですか。だから、走ることについての雑誌だけど、走ることにだけ関わらずもっと本質的なところにアプローチしたいと思っているんです。

 

不況と言われる出版ビジネスにあえて挑む理由

——出版業界は長きにわたって不況に喘いでいます。Webメディアという選択もあったと思うのですが、なぜ雑誌というフォーマットで展開しようと考えたのでしょうか?

上田さん:ひとつは活動をまとめたものとしていろんなひとに紹介しやすいからですね。「出版ビジネス」が目的であれば売れる本をつくるということ自体がゴールです。でも僕らはあくまでもカルチャーを触発していくことが目的なので、出版することはそのための手段のひとつです。極端に言うと、売れなかったとしても伝えるべきことが伝えられればいい。あらゆる場面でコミュニケーションする際に、一冊の本にフィジカルなものとしてまとまっているということは大きなメリットになります。

 

——なるほど。

上田さん:あと、書店のメディアとしての価値もまだまだ大きい。魅力的な書店には感度が高いひとが集まってきます。そういうひとと接点を持つ場として書店流通の仕組みを自社で持っておくことが重要だと思っています。スマホで音楽を聴けても、ライブハウスがなくならないのと同じですね。

 

——いつから自社で流通までやるようになったんですか?

上田さん:完全に切り替えたのは5号目からですね。雑誌や本をつくるのはそれほど難しくないけど、その本を流通させるのには参入障壁があります。財務状況や組織体制、社会的な信用を問われるため、決してハードルは低くない。しかし、それをクリアしてでも流通体制を持っておくことは大事だと思ってます。本を作ったあとに出版社に「やらない」って言われて発行できなくなってしまう状況は、自分たちにとってリスクじゃないですか。がんばって取材してレイアウトして印刷まではしたけど、販売できない。そうなったらせっかくの本を腐らせるだけです。だから、紙というフィジカルなフォーマットで展開することと、自分たちが出版社となって自らのタイミングで出版し流通できるということは、あくまでもセットだと思っています。

——そのために体制も整えたのでしょうか?

上田さん:そうですね、最低限は。でも大手出版社のような大きな体制は必要ない。これは繰り返しになりますが、出版することにメリットがあっても、出版社のビジネスモデルで会社を運営することは得策ではないと思うんです。

 

——それはどうしてですか?

上田さん:出版社は必ず広告に依存した体質になってくるんです。出版は一般的に本を発行してから入金までの期間が長い。入金があるまでに半年以上かかるんです。じゃあ、その期間の資金繰りをどうするのかというと、基本的には広告出稿に頼ることになる。それ自体は悪いことではないですが、広告に頼るがゆえに広告的な記事の存在感が増していって、自分たちが主導権をもって発信しているという感覚が段々薄れていくことがある。最近の雑誌がおもろしくないのは、広告主に依存したビジネスモデルだからです。

そういう意味で、出版ビジネスだけで継続していくのはあまりよくない。だから、僕らは全体の2〜3割ほどを出版、残りはクリエイティブエージェンシーとしての仕事に充てています。他の仕事をやっているからいつでも新鮮なインプットをし続けることができるし、他の仕事で自立しているから出版では言うべきことを言い続けることもできる。

——その両立って簡単ではないですよね。実際、受託制作している会社で自分たちのサービスやメディアを立ち上げたいという話はたくさん聞きます。でも、ビジネスとして軌道に乗っている会社ってすごく少ない。その点、上田さんの会社はすごくうまいバランスでやっていらっしゃると思うんです。逆に、メディア運営がクライアントワークに生かされているという部分はありますか?

上田さん:ジャンルに特化した専門分野で、常に一次情報に触れていることでしょうか。僕らはメディア運営を通じて、スポーツやランニング、ファッションというジャンルにおいて、カルチャーの一番面白い部分に接しながらその業界の「あるべき」姿を常に考え続けることができる。世の中に二次情報が大量生産されているなかで一次情報に触れられるのは、雑誌をやることの特権です。それができると、ただ請負いするわけではなくこちらから提案をしてリードしながら進めることができる。相手の期待値にしっかり応えていれば、クライアントワークとはいえ実は自由演技を求められることも多い。プロジェクトをどんどんリードしてほしいと思っているクライアントは少なくないはずです。

 

編集の段階で削がれる醜いものまでリアルに描写したい

——『走るひと』にはBRAHMAN(ブラフマン)のTOSHI-LOWさんや水曜日のカンパネラのコムアイさん、UVERworldのTAKUYA∞さんなど、普通のランニング雑誌には出ていないひとたちが並んでいますが、キャスティングはどのようにして決めているのでしょうか? 

上田さん:いろんなカルチャーとの架け橋になれるようなひとというのはありますが、その中でも自分の言葉を持ってるひとがいい。というのも、走ることを語るのってすごく難しいんですよ。ひとが走る理由って「気持ちいい」とか「すっきりする」とか誰でも感想に大差はないと思うんです。でも、みんな同じことを言っていても雑誌にならないじゃないですか。だから、言葉の解像度が高いひとの力を借りたい。ランニング業界に足りない部分はそういう新しい概念を顕在化させるような「言葉」だと思っています。特にミュージシャンは音楽という目に見えないモノを取り扱っていて、言語化することを求められることも多い。言葉に関する表現力は一般のアスリートとは比べものにならないということに気づかされました。

第1号から第6号までの表紙。三戸なつめ、コムアイ(水曜日のカンパネラ)、細美武士(ELLEGARDEN/the HIATUS/the LOWATUS/MONOEYES)など、ランニングとは一見無関係に思える多彩な顔ぶれが並んでいる。(提供:『走るひと』編集部)

——インタビューする際は、実際に5キロほど走ってから実施するそうですね。

上田さん:そうですね。一緒に走りながら写真を撮って、色々と話を聞きます。創刊時から写真を撮ってくれている富健太郎さんのスタンスはすごく影響している。取材を通じてかっこいい写真を撮りたいわけじゃなくて、その場の空気感や息使いをただそのまま記録したいと思っている。走る行為はとても身体的でリアルなものだからこそ、そこに嘘を挟みたくない。チーフライターの(菅原)さくらの文章もそうですが、その空気感をそのまま誌面に出すことができれば、それ以上のものは必要ありません。

『走るひと6』より。創刊時から変わらず、ランニング中のリアルな空気感が伝わる写真が多く掲載されている。(提供:『走るひと』編集部)

——編集方針として決めていることもあるのでしょうか?

上田さん:編集しすぎないことですね。テクニックを使いすぎると嘘っぽくなってしまうから、普通だったら編集の段階で削がれる要素——汗をかいて顔も作れないような状況で撮れた写真とか、毎日実際に走っている単調な道であるとか——をなくさないでおく。だから、ADの一ノ瀬(雄太)くんとは、できるだけ引き算をしながら、最適なバランスを探していこうと話をしています。それは簡単なようですごく難しいデザインだと思います。

 

——そういう意味では、2018年4月に発売した5号目から雑誌の雰囲気がガラリと変わりましたよね。これは次のフェーズに向けてフォーマットを変えていこうという気持ちがあったのでしょうか?

上田さん:そうですね。5号目からの変化としては、『STUDY』をつくっている長畑(宏明)くんが編集者として参加してくれたことが大きい。間違いなく世代を代表する編集者ですから。あと、ランニングカルチャー自体にも変化を感じるようになりました。それまでの「ランニングブーム」はテレビ的なマスっぽいイメージ——例えばスタイルのいいモデルさんがリゾート地の海岸沿いを走っているようなイメージ——が新しいランニングを象徴する図だったんですけど、それに対するカウンターとして、テレビでは光はあたっていないけどリアルなカルチャーに焦点を当てたいと思って僕らはやっていたんです。

当時から比べれば、世の中のランニングに対する印象も変わってきたし、ブームも落ち着きカルチャーも成熟して地に足がついてくるようになった。加えて、走っているひとの走力も上がってきたりしている。だから、僕たちもステップアップする必要があるなって思ったわけです。そういう経緯で生まれたのが前号の「走るファッション」特集でした。

小山田孝司さん、梶雄太さんなどファッション業界を支える気鋭のクリエイターと共につくり上げた『走るひと5』の特集「走るファッション」(提供:『走るひと』編集部)*5号のクレジットページはこちら

上田さん:文章よりもビジュアルを多めに扱ったことで内容が薄くなったとか言われたりもして、読者からは賛否両論があったんですけど。でも、リニューアルするときって基本的に賞賛されないだろうと思っていたから、今後年2回発行にすることで打席に立てる回数は増えるので、様々なことにチャレンジして、回を重ねることで新しい形が定着していけばいいと思っています。

 

——では、6号目は5号目と同じテンションで制作したわけではないんですね。

上田さん:そうですね。4号までの読み物を充実させた部分と、5号で挑戦したビジュアルを併せ持ったハイブリットなものを6号目で実現させたかったんです。

前号の「走るファッション」に加えて、東京マラソンレースディレクターや批評誌「PLANETS」編集長へのインタビューを掲載した特集「ランニングカルチャーの未来」が組まれた『走るひと6』。ページ数も過去最多となった『走るひと5』と同じ208ページにおよび、ハイブリットな重厚感のある一冊に仕上がった。(提供:『走るひと』編集部)*6号のクレジットページはこちら

——大変そうですね。

上田さん:そう思ってもらえるから雑誌っていいんですよ。苦労の結果がしっかりと誌面に表れる。もちろん実際に大変ですけど(笑)。個人的に、広告会社とかコンサルティングファームとか外資系ブランドとか大きい会社のプロフェッショナルとして日々資料制作しているひとは、雑誌をつくればいいのにと思っています。資料は上司とかクライアントとか一部のひとしか見ないじゃないですか。でも、雑誌だったらいろんなひとに読んでもらえる。200ページのパワポ資料と雑誌、どちらもつくる労力には大して変わりはないですから。

 

——でも、この出版不況下で年2回発行に踏み切れるのがすごいと思います。

上田さん:出版不況といっても、それって大半が大手出版社の話なんですよね。僕らのように出版ビジネスとは別軸でも仕事をしている人間にとっては、半年に1回くらいは雑誌をつくれるし、つくった方がいいと思っています。とはいえ、月刊誌とかは無理ですけど。

 

——制作できるギリギリのボーダーが年2回?

上田さん:場合によっては季刊くらいまではできると思います。でも、月刊誌になるとインプットとアウトプットのバランスが難しくなるんじゃないかな。例えば、ミュージシャンがシングルを年に4枚出して毎年アルバムも出したりするけど、それは相当な仕組みに支えられてるからこそ実現できることだと思うんですよね。もちろん膨大なインプットもしていかないといけない。雑誌でいうと、僕らがインディペンデントなスタンスを保ちながら作り続けていけるのは半年に一回くらいかなって。やっぱり続けられないと意味がないことなので。

 

——今後の展開は何か考えているんですか?

上田さん:これまでのランニング市場って、いま40代後半くらいのいわゆる団塊ジュニア層が支えてきたんですよ。彼らが30代半ばくらいのときに東京マラソンが始まったりして、世代人口も多いのでそれで一気に盛り上がったわけです。それがこれまでのランニングブームの正体。でも、これから先の10年20年を考えると、アプローチしないといけないのは今20〜30歳くらいのひとたちなんですよ。そこにはまだ明確なランニングカルチャーはないから、それをつくっていかないといけないですね。

 

——そのために考えていることはあるのでしょうか?

上田さん:アーティストとかクリエイターとかいろんなひとが「ランニング」をテーマに遊べるような状況をつくりたいですね。雑誌だけではなくて、イベントや空間とか、ランニングやスポーツはまだまだ白紙のままのものが多い。既存の古い業界で隙間を見つけるよりも、刺激的なアウトプットができることは間違いないと思います。マーケットのサイズも大きいですから。日本だけでなく、40億人いるといわれているアジア人に対して響く価値観をつくっていきたいなと思っています。

PROFILE

上田唯人

ランニングカルチャー誌『走るひと』編集長。ファッションマガジン『STUDY』プロデューサー。1milegroup株式会社代表取締役。 大学在学中にアップルコンピューターにてiPodのプロモーションに携わる。卒業後、野村総合研究所で企業再生・マーケティングの戦略コンサルタントとして、ファッション・小売業界を担当。2011年1milegroupを設立し、様々なクリエイティブや出版事業を手がける。2014年5月、雑誌『走るひと』創刊。独特の誌面が"異色のカルチャー誌"として注目され、発売直後に各書店で売り切れ状態となるなど反響を得ている。講演やテレビをはじめ、スポーツやカルチャーに関わる分野で様々な発信を行っている。


『走るひと』のクレジット一覧

・走るひと1:https://baus.jp/project/15590
・走るひと2:https://baus.jp/project/16144
・走るひと3:https://baus.jp/project/16148
・走るひと4:https://baus.jp/project/15592
・走るひと5:https://baus.jp/project/15988
・走るひと6:https://baus.jp/project/15836

 



CREDIT

Interviewee:Yuito Ueda(1milegroup)
Editor / Writer / Interviewer:Koudai Murakami
Photographer:Sayuri Murooka
Director:Koujirou Ichimura(BAUS)

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