「Adobe Creative Residency」には、現役のクリエイターから直接フィードバックを受けることができる「メンター制度」が組み込まれています。2019年レジデントの福田愛子さんがメンタリングを受けているのは、広島を拠点にイラストレーター、アートディレクター、絵本作家として幅広く活躍する「IC4DESIGN」のカミガキヒロフミさん。クリエイターが海外で活動を広げるための方法や、クリエイターがビジネス面で留意すべき点などをカミガキさんの実体験を元にキャリアの広げ方を学んでいます。
クリエイターとしてステップアップするために必要な要素とは何か?そして、それはどのように身につけることが可能なのか? 「メンター」という言葉を入り口に、広島から国内外へとダイナミックにキャリアを広げてこられたカミガキさんに伺います。
クリエイターにとってのメンターは、いつでも相談ができる「先輩」のような存在
ーーカミガキさんはクリエイティブエージェンシー「IC4DESIGN」を2006年に設立、イラストレーターとしては約20年以上に渡って活躍されています。
インターネットが普及する以前から、広島を拠点に活動するというのはキャリアとしては珍しいと思うのですが、どのように仕事の仕方を学ばれたのでしょうか?
カミガキヒロフミさん:僕自身はずっと独学でやってきましたね。誰かに弟子入りした、ということはなかったのですが、若い頃にイラストレーターの先輩から聞いたことは一人で仕事をやっていく上での指針になりました。
地方で活動するイラストレーターがあまりいない時代からずっと広島で活動していて、僕のことを可愛がってくれたんですよ。プロの心得みたいなものは彼に教わりました。ギャランティの交渉の仕方や、自分の仕事に対してプライドを持つことの大事さ。それが最初にあったのは大きかったですね。
カミガキさん:学校では技術の基礎を教えてもらうことは出来ますが、イラストのスタイルまで教えてもらえるわけじゃないですよね。やはりそこは自分で工夫しながら作り上げていきました。
イラストレーターとして生計を立てていくために必要なビジネス面の知識も一緒で、これも学校で教えてもらえるわけじゃないんですよ。例えば予算の考え方や交渉の仕方などは基本的に現場で学んでいくしか無いわけです。
ーー実務面では、現場での経験が必要だということですね。
カミガキさん:イラストレーターは一人で作業する場合が多いので、自分の仕事の進め方が正しいのか悩むことは多いと思います。僕は運良くいい先輩に出会えたり、近くに相談できる存在がいたことはすごく助かりました。なので「Adobe Creative Residency」(以下、ACR)のメンターというシステムは、クリエイターにとってはすごく助かるものじゃないですかね。
ーー2019年度のACRにてカミガキさんはメンターを担当されています。主にビジネス面の相談が多いとレジデントの福田さんは話されていましたが、クリエイティブ面でのフィードバックはあまりしないのでしょうか?
カミガキさん:自分の会社のスタッフならクリエイティブに口出しすることもありますが、彼女は自分のスタイルを確立しているので、基本的にこちらから言うことはないですよ。ただ、タッチの具合やツールの使い方など、技術的な面で彼女が悩んだりする部分があれば相談に乗ることはありますね。
ーーそれぞれスタイルも違いますし、特に作風に関する部分は他人に教えることが難しいように感じます。
カミガキさん:僕をメンターに選んでくれた時点で親和性は感じているので、難しさはそこまで感じないですね。例えば、タッチなんかにも通じるところがある。ペンでシャドーを入れることにこだわりを持っているとか、ドローイングの描き込み具合とか。
彼女が目指したい作品をつくるための技術的な選択肢はいくつもあるので、それを提示した上で、彼女がどうジャッジするか。僕の方がキャリアが長いので、少しは伝えられることもあるのかなと思いますね。
ーー初めて福田さんの作品を見た時の印象はいかがでしたか?
カミガキさん:単純に「上手だな」って思ったんですよ。僕が指導できることあるかなってぐらいに(笑)。でもよくよく話してみると、彼女の中での悩みはある。僕にとってはそれはむしろ個性に見えたんですけどね。なので、その個性を活かしながら完成度を上げるためのケアをしていく、という感じです。
ーーACRのメンターをされたことで、カミガキさんにとってプラスになったことはありますか?
カミガキさん:人に教えるためには自分の持ってる技術を整理して説明しなければいけないので、スキルの棚卸しになります。
何より、世代が違うイラストレーターと出会えることが刺激になっています。若い人の考え方を知ることが出来るし、彼女がACRで受けた刺激が間接的に伝わってくる。そういう関係性は、普通に仕事をしていても中々築くことが出来ませんから。
ACR卒業後も彼女が迷った時は気軽に相談してくれたらいいし、長く大事にしていきたい繋がりですね。
海外アワードに100点を応募。「恥ずかしがっていても仕事は広がらない」
ーーカミガキさんは広島を拠点に活動し、現在は海外へも活躍の場を広げられています。どのように営業を行ったのでしょうか?
カミガキさん:イラストレーターの木内達朗さんが僕より少し早い時期に海外での仕事をしていたんです。「僕はこうしてるけど、どうしてる?」という風に話をしながら色々なことを教えてもらいましたね。
例えば「海外でやっていきたいならアワードへの応募はしたほうがいいよ」ってアドバイス頂いたんです。「僕が1点出しましたよ」って言ったら木内さんは10点応募したっていうんですよ。後からわかったんですが、海外のトップのイラストレーターは数10点、人によっては100点とかを普通に応募してる。驚きましたね。
ーーすごい数ですね。
カミガキさん:アワードは若い人がトップに登っていくために応募するものかと思っていましたが、そうじゃなかった。貪欲に作品を出す人がトップに登り詰めていって、上がった人はさらに出し続けるんです。トップに立ったら仕事にも余裕が持てるかなと甘いことを考えていたけど、とんだ勘違いでしたね。
ーー木内さんからアドバイスを受けて、アワードへの応募数はどれぐらい増やしましたか?
カミガキさん:海外のイラストレーションアワードは、可能な限り全て送るようにしました。世の中に売り込んでいくことに対して遠慮しちゃダメなんですよ。まだまだ出せるレベルじゃ無い、とか余計なこと考えてないで出せるものは出す。もちろん、反応なんて最初は全然ないですよ。
ーー反応がなくても応募し続けることが重要だと。
カミガキさん:イラストレーションや広告賞の年鑑に載ることが出来れば、仕事で関わる人の目に留まるチャンスが多いので応募しない手はないですよ。
一度見ただけの作品はすぐに忘れてしまう。2度目、3度目と目にしてもらって初めて作品が認識してもらえる。なのでSNSなども含めて色々なところで目にしてもらうのが大事なんです。
日本では、メディアでの取り上げられ方に「旬」というか、流行り廃りのようなものがあります。一度評価を得るといろんな媒体からわーっと注目を浴びることもありますが、勢いを継続させるのって大変じゃないですか。世界を視野に入れると、それが楽になるじゃないですか。たくさん国もあるし。
ーーそもそも海外での仕事に積極的に取り組もうと思ったきっかけは何だったのでしょう?
カミガキさん:いつかは東京で一旗あげたいと思いながら広島で仕事をしていましたが、いつの間にか歳はとるし家族も出来るし。このままじゃまずいと思って東京の企業に営業をかけ始めたのですが広島からは東京も海外も同じくらいの距離感だったんですよ。だったらニューヨークも同時に営業しようと電話をかけていったんです。ありがたいことにある日、アートディレクターの目に留まって「The New York Times Magazine」の仕事が来た。
カミガキさん:自分としては大きな仕事だったんですが、すぐには気づいてくれないんですよね。おもしろいぐらいに、誰からも気づいてもらえない(笑)。それは当たり前で、アメリカの媒体だから東京はおろか広島では目にする機会が無いですよ。「The New York Times Magazine」の仕事がADCのシルバーを受賞したことで表紙の仕事をくれたアートディレクターがインタビューを受けたんですよね。その記事の中でイラストを紹介してもらえたり、賞をもらったことを伝えてくれたことで、段々と仕事に繋がっていきました。
ーーアメリカの有名誌といえど、日本とは情報の断絶があったんですね。
カミガキさん:広島の小さい事務所がニューヨークの仕事をしている、というギャップを面白がってくれるかと思ったけど誰も取り合ってくれなかったですね。もちろん僕の宣伝不足ということもありましたけど。その後はイラストレーターの先輩たちがいろんなところで紹介してくれたりして徐々に広がっていきました。信頼できる同業者の人に助けてもらったという感じですね。
「目立つこと」が、海外でのスタートライン
ーー海外から仕事を受注するためのポイントはありますか?
カミガキさん:それはね、わかるなら僕も知りたいですよ(笑)ただ、世界規模で何千人、何万人とライバルがいる中で、まずは指名してもらわなければいけない。そのためには目立つことは必要ですよね。
僕の場合だと、他のイラストレーターは絶対ここまでやらないだろう、ってぐらい描き込みを増やそうと決めたんですよ。それこそ「こんなに描いたら嫌がられるんじゃないか?」くらいぎっしりと。他の作家が3人の人間を描き込むスペースに100人描く、という具合ですね。
すると、労力はすごいかかるんですよ。だけど、他の人はまずやらない表現なので差がつきますよね。自分にしか出来ない表現なので、僕にしか出来ない仕事になるんです。
ーー他の誰も出来ない表現をすれば競争相手はいなくなりますよね。
カミガキさん:目立つためのやり方は人それぞれあると思うんですけど、作品の個性というのは大事ですよね。もう一つはプラットフォームを英語圏のものにして、ポートフォリオを最適化することですね。
僕が海外企業に営業をしてみて実感したのは、プラットフォームごとに文化圏が違うということです。Facebookさえ英語圏から日本に入ってくるまでにはタイムラグがありましたよね。ローカライズされるまでのスパンは短くなっているものの、まだまだ断絶というか、違う世界が広がっている感覚はあります。今でこそBehanceも日本語版がありますけど、海外のイラストレーターはみんなもっと早く使ってましたから。
英語は最低限できれば大丈夫なんです。サッカー選手が「スペインリーグ」に移籍する時も最初からスペイン語を話せるわけじゃないですよね。でも「スペインリーグ」に行かなきゃ始まらないんですよ。プラットフォームを同じ水準で揃えるというのは、そういうことなんだと思います。
クリエイターだからこそ超えられる、言語の壁
ーープラットフォームではないですが、カミガキさん自身は東京やニューヨークに拠点を移そうとは思わなかったのでしょうか?
カミガキさん:可能なら行きたかったですけど、それは夢として置いておきました。会社とかスタッフ、やっぱり今まで積み重ねてきたものがありますし、今やどんな場所でも仕事は出来ますから。もちろん、距離が近いとコンスタントにクライアントとの関係がつくれるとか、メリットはありますが、投資対効果が悪いんです。それこそニューヨークは物価も高いですし、拠点を移すとしてもコストが見合わないと感じますね。
海外の仕事というと聞こえはいいんですが、隣の芝が青いだけなんですよね。納期とか物価の違いもあるので仕事として成立しないものもありますし。仕事の仕方に関しては、日本の方がめちゃくちゃ丁寧だと思いますね。バカンスに行ってて応答がない、なんてこともないですし。
ーー仕事の仕方も文化圏によって大きく違いますよね。日本だけでなく、世界で活動されてきたカミガキさんの今後の仕事における目標を伺えますか?
カミガキさん:大きな夢は絵本を描きながら、世界を旅することですね。そのために絵を描くペースを落として、一つ一つの作品にもっと時間をかけていきたいと思っています。『迷路探偵ピエール』という絵本を作ったんですが、これはすごく時間をかけてるんですよ。
カミガキさん:本を一冊つくるのは時間も労力も凄くかかる。作業量を考えると、短期的には割に合わない仕事なんですよね。でも僕は絵本を描くのが好きだし、こういう仕事を増やしていきたい。そのために作品の密度を上げて、誰もが楽しめるようなものをつくり、いろんな国に展開したんです。
単体ではまだまだ割に合いませんけど、この絵本を見たクライアントから仕事の依頼も増えましたし、もっとこういう密度の高い仕事を増やしていければ、目標に近づけるかなと思いますね。絵本を描きながら世界を旅するなんて最高じゃないですか。積み重ねていって、いつか実現させたいです。
Information
Adobe Creative Residencyは2020年度のプログラム参加者を募集中です。応募締切は2020年1月15日まで。また、メンターも同時に募集していますので、興味のあるクリエイターの方は是非チェックしてください。
<CREDIT>
Interviewee:Hirohumi Kamigaki(IC4DESIGN)
Coordinator:Ryota Kawanishi(Adobe)
Editor / Writer / Interviewer:Naoki Takahashi
Producer / Account Executive:Yuki Yoshida (BAUS)